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NBS日本舞台芸術振興会
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2025/02/19(水)Vol.512

新「起承転々」 漂流篇 vol.95 アップデート
2025/02/19(水)
2025年02月19日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.95 アップデート

アップデート

 通勤途中、ある政党のポスターに目が止まった。「若い力で、政治をアップデート。」というキャッチコピーがついている。なるほど、アップデートかと唸った。政治の世界でも、いまアップデートが必要だという認識があるのだと率直に思った。時代がめまぐるしく変わっているが、政治も行政も時代にまったく追いついていないのではないかと感じていたので、少し救われた思いがした。我々の身近でも時代に追いついていないことが山ほどある。
 この秋9年ぶりに来日するウィーン国立歌劇場日本公演のチケット前売り開始を控え、オペラ引っ越し公演の来し方に思いを巡らすことが多くなった。2026年5月から休館に入る東京文化会館最後の引っ越し公演であり、NBSの命運がかかっているから失敗は許されない。同劇場の初来日は1980年、そのときの公演は5演目で東京は15公演、横浜で2公演、大阪で5公演の合計22公演。NBSの前身である株式会社ジャパンアートスタッフが制作したが、主催は民主音楽協会と朝日新聞社だった。今回は2演目で東京のみで9公演だ。初来日の際の入場料はS席26,000円~E席9,000円だったが、今回はS席79,000円~E席26,000円(土・日公演は3,000円増し)だ。この数字の比較だけでも、時代の変化とともにオペラ引っ越し公演の変遷に隔世の感を覚えるが、初回からすでに45年の歳月が流れている。
 オペラ引っ越し公演は商売に過ぎないと見る人もいるようだ。これまでオペラの引っ越し公演はテレビ局の事業部や同業他社も手がけていたが、いまでは取り巻く状況が大きく変わり、採算がとれないから次々に撤退していった。現地と同じプロダクションを引っ越し公演としてもってくるのはいまやNBSだけになってしまった。このところ招聘公演を取り巻く状況が厳しくなっていて、信じられないかもしれないが毎回実施するたびに億単位の赤字をつくっている。当然ながら、なぜそんなに大きな赤字をつくってまで、引っ越し公演に固執するのかと疑問に思うだろう。民間の企業ならまっさきに取り止める事業だろうが、NBSは「民による公益の増進」を掲げる営利を目的にしない公益法人だからということが一番大きな理由だ。オペラの引っ越し公演は、NBSにとって1974年に前身である制作会社が始めて以来、今日まで続いている看板事業であり、NBSの存在意義でもあると考えている。理事会においても実施の意義は認めつつも、毎回、資金の問題で合意形成が難しいのが実情だ。公益法人だからといってオペラの引っ越し公演に公的な助成は一切ないから、企業スポンサーからの協賛金やオペラ愛好家の皆さまからの寄付に頼らなければ実現できないのだ。そもそもオペラ引っ越し公演は公的機関が手がけるべき事業だと私は思っている。
 今回のウィーン国立歌劇場の公演においては、〈オペラ・ロイヤル・シート〉や〈サポーター席〉などによって、チケット料金にプラスして寄付金をいただくかたちをとっている。オペラ引っ越し公演を実現するためにはこうした工夫がどうしても必要になる。次世代の観客を育てるために、U39、U29シートを設けているが、前述のような寄付によって実現できている。オペラを愛する皆さまには、ぜひオペラ引っ越し公演の価値と現状をご理解いただき、ご支援いただけると幸いだ。
 2月1日の朝日新聞の朝刊に遺贈の記事が載っていた。『「遺贈寄付」社会への思いを生かすには』と見出しのついた朝日新聞の記事には、「相続人がおらず最終的に遺産が国庫に入ったり、疎遠だった親族に渡ったりするより、社会に役立てたいと考える人が増えているとみられる」とあった。超高齢化と家族構成の変化を背景に、関心が高まっているらしい。実をいうと、このところNBSにも司法書士や信託銀行から当方の支援業務室に遺贈についての問い合わせが相次いでいて、不思議に思っていた。社会の変化に伴い、遺贈に対する意識が変わってきたのだろう。遺贈はアンタッチャブルな聖域のように我々も感じていたが、死は誰にでも訪れるのだから、遺贈がもっとオープンに扱われ、社会的に認知されるのは歓迎すべきことだと思っている。日本は欧米の主要国に比べ寄付文化がないと言われてきたが、国が本腰を入れて遺贈を含め寄付文化醸成に取り組む必要があるのではないか。
 今後、国や自治体の文化予算が増えることは考えにくいから、どの芸術団体にとってもファンドレイジング事業がこれまで以上に重要になってくるだろう。それゆえ公益事業に関する寄付税制を改定できないものかと思うのだ。アメリカ型に近いかもしれないが、自助努力をして寄付が増えるなら、それぞれの団体がもっと真剣に寄付集めに精を出すのではないか。寄付を集めるためには、公演活動の内容やレベルが寄付者たちの共感を得られなければならないから、公演の質的向上にもつながるだろう。時代がもの凄いスピードで動いているから、実態にあった政治や行政の仕組みにどんどんアップデートしなければならないのではないか。私はいまの日本が低迷している一番の原因は、行政システムがいまの時代に合っていないからだと思っている。この状態から抜け出すためには、もっと現状に合わせスピード感をもってアップデートし、民間活力を引き出すような行政改革が必要なのではないか。芸術文化の分野においても、税制を優遇し民間の資金を活用しやすくすることによって、「民による公益の増進」をはかならければならないのではないかと思う。
 これまでNBSが本拠にしていた東京文化会館が2026年5月から改修工事によって3年間休館する。これはNBSにとってどうしても克服しなければならない大きな試練だが、これを乗り切るためには、首都圏以外での公演を増やすことで一定の公演数を確保する必要がある。NBSが生き延びるためにはファンドレイジング事業を強化することが喫緊の課題だ。あわせてNBSの組織と財政基盤の強化も急がなければならない。3年間の雌伏のときを経てNBSがさらに公的な役割を担えるように、行政からの助成はもとより、舞台芸術を愛する皆さまの絶大なるご支援をお願いしたい。私にとって気が重い話なのだが、今後もNBSが半永久的に存続し、公益に貢献するための基盤づくりをすることが、私が現役中に課せられている一番の使命だと考えている。

髙橋 典夫 NBS専務理事