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NBS日本舞台芸術振興会
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2025/03/19(水)Vol.514

新「起承転々」 漂流篇 vol.96 呼び屋VSインプレサリオ
2025/03/19(水)
2025年03月19日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.96 呼び屋VSインプレサリオ

呼び屋VSインプレサリオ

 ヴィットリオ・グリゴーロのコンサートを控えたある日、Yahoo!ニュースでフアン・ディエゴ・フローレスやグリゴーロについて書かれている本があることを知った。講談社+α新書で『呼び屋一代』(宮崎恭一著)というタイトルの本だ。さっそく手に入れて読んでみた。「マドンナ・スティングを招聘した男」という副題がついている。すでに「呼び屋」という言葉は若い世代には死語になっているかもしれないが、読んでいてさまざまな思いが交錯した。本の内容はポピュラー系の歌手たちに関することがメインだが、筆者はクラシックのアーティストも呼んでいて、指揮者のロリン・マゼールやテノールのヨナス・カウフマン、フローレス、グリゴーロや、ピアニストの中村紘子、ソプラノの中丸三千繪など、私も多少縁があったアーティストたちのことも取り上げていた。トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団やグランディーババレエ団といったキワモノも呼んでいるが、私には金儲けのためにバレエが蹂躙されているようにしか思えなかった。興行として儲かると思えば呼ぶし、儲かりそうにないものは呼ばない。だから「呼び屋」なのだろう。私も仕事を通じアーティストたちのプライベートなエピソードなど、いくつも見聞しているが、けっしてそれを公にしようとは思わない。特別な才能をもっているからアーティストなのであって、彼らが良くも悪くも常人の枠には収まらないことを私は身をもって経験しているからだ。
 NBSの創立者の佐々木忠次は、呼び屋と呼ばれることを忌み嫌っていた。30年近く前、当初1600席で計画が進んでいた新国立劇場の客席数が大きな論争になったとき、海外の劇場事情に通じていた佐々木は最低でも2000席以上必要だと主張したが、「呼び屋の論理だ」と体制派から目の敵にされた。結局、佐々木が主張する現場からの意見は通らず、1800席になってしまった。現在では東京という大都市にある劇場で、あれだけの舞台機構を備えている割には客席数が少なすぎるという声ばかりだ。私がこの世界に関わり始めたころは、たしかに「呼び屋」は一攫千金を狙う興行師のいかがわしいイメージがあった。佐々木はそうしたイメージを変えるべく意識して行動していたように思う。この『呼び屋一代』という本を読んで、あらためて「呼び屋」と「音楽事業者」の違いをはっきりさせなければならないと思った。佐々木が一時期、呼び屋のレッテルを貼られていたことを思うと、いまさらながら佐々木の無念を晴らしてやりたい気持ちになった。佐々木は海外では「インプレサリオ」と尊敬を込めて紹介されることから、「インプレサリオ」という呼称は気に入っていたようだ。佐々木は20世紀前半に「バレエ・リュス」を率いて舞台芸術に革命を起こしたとされる希代のインプレサリオ、セルゲイ・ディアギレフに憧れていたのではないかと思う。たしかにNBSは海外からさまざまな団体やアーティストを招聘しているから、初期のころは「呼び屋」といわれたことはあった。公益財団法人になっている今のNBSにはその影は微塵もないが、NBSのポリシーは基本的に佐々木の時代からまったく変わっていない。個人やグループのアーティストたちの招聘だけならまだしも、大規模な芸術団体の招聘公演は、個人が主体の呼び屋が簡単に手をつけられる仕事ではない。特にNBSは海外から一流オペラ団やバレエ団を招聘しているが、本来なら公的機関が取り組むような事業かと思う。かつてのバブル経済のころ、"オペラ・ブーム"といわれた一時代があった。音楽事務所やテレビ局がこぞって、海外から主要な歌劇場を招聘した。そのつくられたブームに乗って東京ドームで本物の象まで引っ張り出した『アイーダ』まで出現した。思い返しても、あれは何だったのだろうと思う。単なるオペラ仕立てのイベントで、あのオペラに対するイメージが本物のオペラを体験したことのない層に、間違った負のイメージを与えてしまったように思えてならない。バレエのトロカデロ・デ・モンテカルロも似たようなものだ。
 NBSは今秋10月にオペラ芸術の最高峰、ウィーン国立歌劇場を9年ぶりに招聘する。東京文化会館が来年5月から3年間の工事休館に入るから、休館前最後の引っ越し公演になる。3年間はあまりにも長いが、働き方改革による工事現場の労働力不足、建築資材不足などで、もっと工事期間が延びるのではないかという厳しい見方もある。東京文化会館が再開しても、そのときオペラ引っ越し公演を取り巻く状況がどうなっているか私にも想像がつかない。制作経費の急激な高騰や、舞台スタッフの高齢化や人材不足などの問題を抱えている一方、観客の高齢化も進んでいるから、それらを考え合わせると、とても明るい未来が待ち受けているとは思えないのだ。この東京文化会館の休館をはじめ首都圏の劇場不足の状況が、オペラやバレエに取り返しのつかない衰退を招くことは目に見えている。これまで国や東京都への陳情をはじめ、私なりにできることはやってきたつもりだが、いまだ何も動かないままだ。この劇場不足問題は人によってさまざまな受け止め方があるだろうが、いまの私には無力感だけが残っている。大きな視野をもって、本気で日本の舞台芸術のことを考えている政治家や官僚は誰もいないのではないか。
 『呼び屋一代』の筆者も書いているが、音楽業界を取り巻く環境が大きく変わってしまったというのが、この業界に関わる者にとって共通の思いだろう。牧歌的な時代は終わったのだ。ダーウィンの進化論ではないが、時代に合わせて変化できなければ生き残れない。オペラやコンサートの観客の高齢化がどんどん進んでいるから観客の新陳代謝が必要なことはわかるが、なかなか時代の趨勢に追いつけないのだ。今秋のウィーン国立歌劇場日本公演には、ぜひ多くの若者に観に来てほしい。今回の公演では寄付金付きの「オペラ・ロイヤル・シート」や「サポーター席」を設けることによって、U39やU29シートで若い人たちが比較的低廉な料金で公演を観ていただけるように準備している。オペラやバレエが存続していくためには、若い観客が増えてくれないと死に絶えてしまう。この拙文に目を留めてくださっている方々も、積極的に若い人たちに観劇の機会をつくっていただけたらありがたい。私は偉そうなことは言える立場ではないが、芸術的な価値が高い舞台を体験することは、その人のこれからの人生にさまざまなプラスの影響を与えると思っている。とにもかくにも今秋のウィーン国立歌劇場日本公演は、東京文化会館休館前の最後の引っ越し公演になる。私としては万感の思いを込めて、この最後の打ち上げ花火かもしれないオペラの祝祭に、こぞって参加してほしいと願うばかりだ。

髙橋 典夫 NBS専務理事