ウィーン国立歌劇場日本公演が終わり、まだ祭りの後の寂しさのような想いを引きずったままだ。私は長年の習慣で終演時、劇場の出口近くでお客さまをお見送りしているのだが、客席から次々とホワイエに出てくるお客さまの表情を見ていると、その日の公演に満足されたかどうか、つぶさにわかる。今回の『ばらの騎士』の満足度は、相当高かったように見えた。これまで引っ越し公演のたびに、招聘した団体のメンバーから地元よりも日本公演の方が出来がよかった、という声をたびたび聞いていた。日本の観客は真剣に聴いてくれるし、本拠でのルーティンの公演よりも緊張感がある。そのうえ、指揮者や歌手も地元よりもよいキャストが組まれている。では、今回の公演はどうだったか。『ばらの騎士』を指揮したフィリップ・ジョルダンは、1994年の日本公演の際にカルロス・クライバーが振った『ばらの騎士』のことを強く意識していた。楽員の中でクライバーの『ばらの騎士』は"伝説"として残っているから、彼はプレッシャーを感じていたのだろう。初日の後、ジョルダン自身、「『ばらの騎士』は好きなオペラで50回以上振っているが、今日が一番よかった」と語っていた。「ウィーンではなかなかリハーサル時間がとれないが、今回はしっかりリハーサルができたし、オーケストラも同じメンバーでできたから」ということなのだ。本拠のウィーンでは毎日のように違う演目を上演しているから、思うようにリハーサルができないし、オーケストラのメンバーも毎回同じではない。なるほど、こうしたプラクティカルな理由があったとは気がつかなかった。引っ越し公演は建物以外を丸ごと日本にもってくるわけだが、現地での公演よりも日本の方がよかったと言ってもらえるのは日本の観客のためにもありがたく思う。
このコラムで何度となく取り上げているが、来年5月から東京文化会館が3年間の工事休館に入る。少なくとも2029年までは他に代わる劇場がないから、オペラ引っ越し公演は物理的に3年間実施できなくなる。私は常に現場にいて、観客の皆さまの反応からも引っ越し公演の文化的、外交的な価値を肌で感じているのだが、残念ながらそれを理解してくれる人は限られていると思える。
今回、東京文化会館の大ホール・ロビーをオーストリアの国旗をイメージさせる赤と白の布で飾ったが、ある人から「この事業は国からお金が出ているのでしょ?」と尋ねられた。答えは「NO」だが、オーストリアを代表する歌劇場の日本公演なのだから国際文化交流事業として、外務省あたりからお金が出ていてもおかしくないと感じたようだ。オペラの引っ越し公演は相手の劇場が公立なのだから、本来なら日本側も公的な組織が手掛けるべき事業だと思っている。特に近年は招聘公演を取り巻く環境が厳しくなっていて、財政基盤が脆弱なNBSのような一民間団体だけで手に負える事業ではなくなってきていると感じる。引っ越し公演による感動の裏には、構造的な課題がいくつも横たわっている。今回のウィーン国立歌劇場日本公演を実現するにあたっては、急激に進んだ円安の影響が大きかった。加えて、航空運賃、海上輸送費、宿泊費など制作経費の高騰によって、やむなく入場料も史上最高額に設定せざるを得なかった。かといって、チケットが思うように売れなければ、簡単に億単位の赤字をつくることになる。台風や地震、大雨などで公演が中止になったら、莫大な損害を被る。保険でまかなわれると思われているかもしれないが、保険には入っていない。なぜなら、さんざん保険会社とも交渉したが、掛け金が高くなりすぎて、とても我々の公演には割に合わないのだ。オペラの引っ越し公演はリスクが大きすぎる。
これまでの引っ越し公演と今回の違いは、神奈川県民ホールとNHKホールが使えないことだった。今回の日本公演は2演目だけだったが、東京文化会館だけで公演したのは初めてだ。これまでなら東京文化会館を中心に、神奈川県民ホールやNHKホールを使いながら同時並行的に公演したから、来日メンバーの滞在期間を短縮できたのだが、今回はこれまでより約1週間長くなった。『フィガロの結婚』が終わってから『ばらの騎士』初日までの間の舞台仕込み、リハーサル期間が余計に長くなってしまったのだ。団員たちにとっては公演と公演の間の休みが多いから、ずいぶん楽なツアーだったに違いない。我々にとってはその分、ただでさえホテル代が高くなっているから、過去の日本公演と比較しても宿泊費が倍増することになった。3年後に、改修工事を終えて東京文化会館が再開しても、神奈川県民ホールもNHKホールも使えないだろうから、この先も劇場不足は引っ越し公演の大きな足枷になるだろう。
もう一つの隠れた深刻な課題は、オペラの観客と同じで舞台スタッフの高齢化だ。3年間、オペラの引っ越し公演ができないことは、ノウハウの継承に問題が生じることが予想される。次世代を担うスタッフがなかなか育っていない。若者がこの世界に入りやすいよう、労働環境や待遇の改善も必要になってくるだろうが、何よりもこの仕事に魅力を感じてもらわなければならない。これらのことも含めて、オペラ引っ越し公演を再開するにはそれなりの体制づくりが必要になると思っている。実はコロナ禍の最中、私はコロナ禍が終息したにしても、オペラ引っ越し公演は再開できないのではないかと真剣に考えていた。劇場不足が深刻化している今も似たような心境で、今後3年の間にどのような影響が表れるのか想像できないだけに不安は尽きないのだ。
東京文化会館が3年後に再開するまでに、これまでのような企業からの協賛金や個人からの寄付金だけではなく、何らかの公的資金を使えたり、契約金にかかる源泉税が免税になるような仕組みができないものかと考えている。オペラの引っ越し公演はこれまでも実現に至るまで綱渡りの連続だったが、それでも公演する劇場が確保され資金面の手立てさえつけば、何とか実現に漕ぎつけることはできるだろう。しかし、引っ越し公演を取り巻く状況がどんどん厳しくなっているから、これまでと同じ仕組みのままでは実現するのが難しいように思う。その国を代表する歌劇場の日本への引っ越し公演は、単なるお祭りではない。わが国の舞台芸術に刺激を与え、世界一とも言われる観客を育て、国内の芸術団体の発展やアーティストの育成にも大きな貢献があったと私は思っている。文化的に国と国を繋ぎ、人と人との関係を築くなどの交流によって、軍事力や経済力などのハードパワーではなく、芸術文化によるソフトパワーとして、外交上にも少なからぬ役割を果たしていると私は信じている。そうした引っ越し公演の意義を認めてもらい、音楽愛好家はもとより行政や企業が一緒になってオペラの引っ越し公演を支える組織をつくれないものだろうか。東京文化会館が休館している間にオペラ引っ越し公演が抱える課題を改善し、再開する3年後には引っ越し公演を復活させるために、祭りの後の寂しさを振り払って、今から準備に取り掛かからなければ......。
髙橋 典夫 NBS専務理事