「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」。今年の新語・流行語大賞は、高市早苗総理のこの言葉に決まった。総理の所信表明演説を聞いても、文化の「ぶ」の字も出てこなかったが、芸術文化のためにも「働いて×5」いただきたいものだ。「存立危機事態」発言をめぐり中国との関係が一気に冷え込んでしまったが、総理の一言は国を揺るがすくらい影響が大きい。今年もはや歳晩。馬齢を重ねるとともに時の移ろいが年々早くなっているように感じる。クリスマスを控えて街はイルミネーションで華やかさを増しているが、この時期のバレエ界は『くるみ割り人形』が目白押しだ。実はこの拙稿も東京バレエ団の『くるみ』の公演会場で、隙間時間を見つけて慌ただしく書いている。文章が乱れていたり、自制が効いていない表現があったらご容赦願いたい。
NBS/東京バレエ団の2026年度の公演予定を発表させていただいた。東京文化会館が2026年5月から3年間の工事休館に入ることは、これまでこのコラムでたびたび訴えてきたとおりだが、長く当方が本拠にしてきた東京文化会館が休館になることによって、大きく変わらざるを得ない。いまはちょうど国の予算編成の時期だが、当方としても来年度の予算を固めなければならないタイミングだ。むろん、以前から東京文化会館が休館する間のさまざまなシミュレーションを考えてはいても、具体的な数字が出てくると想像していた以上に厳しいことをあらためて思い知らされる。これからが我々にとって冬の時代の始まりだ。劇場のキャパシティが小さくなるのが決定的な痛手だ。2303席を有する東京文化会館と比べ、500~600席客席数が少ない劇場では、入場料収入がざっと2割以上減る計算だ。予算上は集客率をどれくらい見込むかだが、ほとんど100パーセント近く集客しなければならないのだ。昨今の物価高により、入場料の値上げも考えざるを得ない。それに加えて、先行して苦しんでいる伝統芸能の国立劇場の例からも、いくつかの劇場を転々として公演することによって、ある一定のファンが離れてしまうことを食い止め切れないのではないかと不安が募る。
2026年、東京バレエ団のほうは国内の団体ということで新国立劇場を数週間貸してもらえるが、NBSの招聘公演のほうはオペラの引っ越し公演はもとより海外からの大規模なバレエ団の公演を実現するのはほとんど不可能だ。小規模のグループ公演などは昭和女子大学 人見記念講堂や新宿文化センターなどを使って公演する予定だ。東京バレエ団の公演に関しては、国からの助成金は欠かせないが、首都圏の劇場不足により、客席数の少ない劇場で公演したり、地方公演を増やさなければならないのだから、国や東京都には実情に合った助成金の仕組みに変えてもらいたいものだ。これまで国内のオペラ団やバレエ団に対する「舞台芸術等総合支援事業」の助成金の上限金額は決められているが、客席数が少ない劇場を使うことが多くなると、どうしても入場料収入が減収になるし、会場使用料だって東京文化会館よりも高くなりそうだ。それらを考慮して上限を撤廃し、公演活動が継続できるように助成金を増やしてもらいたいのだ。何といっても、この劇場不足による深刻な状況を招いたのは我々の責任ではないのだから。
日本の文化政策は、長年にわたり「薄く広く」の原則で運営されてきたように思う。そもそも文化予算そのものが先進国の中では圧倒的に少なく、その限られた財源をできる限り多くの団体に行き渡らせようとすれば、どうしても一件あたりの助成額が小さくなる。結果として、「支援があるようで、実質的には大きな変化を生まない」状態が続いてきたのだ。これは芸術団体にとっても、観客にとっても、決して望ましい構造ではないだろう。国全体の財政状況を考えると、今後も劇的に予算が増えるとは考えにくい。それならば限られた予算の配分をどう設計し直すか。どの芸術団体も必死に頑張っているのを知っているだけに、私の口から踏み込んだ発言はしにくいのだが、助成金交付の「選択と集中」は避けて通れない時期に来ているのではないかと思う。
現状の助成制度を見ると、申請書類の整合性や組織運営の形式的な評価が重視され、肝心の上演の質や公演内容そのものの価値が十分に反映されているとは思えない。助成の結果として優れた公演が生まれたのか、観客の芸術文化体験が豊かになったのか。そうした本質的な指標が曖昧なまま、団体に助成金が割り振られているように見えてしまう現状は、改善されなければならないのではないか。
では、どのような仕組みなら文化芸術の発展につながるのか。私が何度となく行政に訴えてきたのは、わかりやすく言えば、サッカーのJリーグのような仕組みである。スポーツのほうは新しいアリーナが次々にできて、ますます活況を呈しているように見えるが、我々の舞台芸術のほうは劇場不足に喘いでいる。公演団体の活動規模や質を、観客動員、年間公演数、そして専門家による内容評価によって総合的に測定し、一定の基準で階層化する。J 1、J 2、J 3のように。そのランクに応じて助成額や支援内容も変えていくことだ。J3からJ 2、J 2からJ 1と上をめざすことで、団体のモチベーションも高まるだろう。
もちろん、芸術はスポーツとは違い、単純に勝敗や得点で評価できるものではない。だからこそ、複数の指標を組み合わせる「複眼的な基準」が必要だと思う。観客動員(有料入場者)は、社会に受け入れられているかどうかの一つの結果であり、公演数は持続的な創作体制があるかを示す。さらに、専門家による内容評価を丁寧に行えば、芸術的価値も一定の形で可視化できるだろう。ここに事後のレビューを加えれば、助成金がどのような成果を上げたかを確認する制度として十分機能し得ると思う。当然、現状においても助成金を交付する側には何らかの基準があって審査しているのだろうが、我々芸術団体側には伝わってきていない。
こうした制度の導入は、団体に健全な競争意識を生むだけでなく、観客への説明責任も高まるだろう。公的助成を受ける以上、自らの活動が社会にどれだけ貢献しているかを示すことは当然であり、それを避ける理由はないはずだ。文化芸術は短期的な成果だけで測れない営みである。だからこそ、助成制度も「継続的な成長を促す」方向に進化させなければならないと思う。
首都圏の劇場不足により、バレエやオペラは新しい局面を迎えることになる。文化芸術の衰退を招かないためにも公的な助成が必要であり、そのためには成果に基づく新たな制度設計が不可欠なのではないか。僭越ながら、私はいまが実態に寄り添った新たな仕組みを導入するタイミングなのではないかと思っている。高市総理の「働いて×5」には及ばないが、この冬の時代を乗り切るために、私も老骨に鞭打って「働いて×3」くらいは仕事をしなければと、気持ちを奮い立たせている。
髙橋 典夫 NBS専務理事