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NBS日本舞台芸術振興会
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NEW2026/01/21(水)Vol.534

新「起承転々」 漂流篇 vol.106 存続危機事態
2026/01/21(水)
2026年01月21日号
起承転々
連載

新「起承転々」 漂流篇 vol.106 存続危機事態

存続危機事態

 毎年、お正月休みにはあれもやろう、これもやらねばと思うのだが、結局、今年もまたテレビで駅伝を見ながらぐだぐだしているだけだった。そして、また新年早々から自己嫌悪に陥ってしまうのだ。それでも駅伝を見ながら思いをめぐらせたことがある。スポーツと舞台芸術の関係だ。どのスポーツもメディアが取り上げる機会が増えたようで、年々人気が高まっているように思える。では、舞台芸術はどうか。
 首都圏の劇場が雪崩を打ったように閉館する一方、新しいアリーナが次々とオープンして、いまの時代、人々の興味は舞台芸術からスポーツへの流れが勢いづいているのを感じる。国は「文化で稼げ」という方針で、実演芸術はなおざりに、漫画やアニメ、ゲームなど日本の得意とするところの文化コンテンツをもっと海外に輸出すべしという姿勢のようだ。行政は芸術を「事業」としか評価していないように思える。かたやスポーツ・ビジネスがこれまで以上に脚光を浴びているから、劇場よりもアリーナの方に関心が向くのも頷ける。そうした思いが膨らんできているときに、1月5日の毎日新聞のネットニュースで、町田樹・國学院大学准教授(元フィギュアスケート日本代表)が書かれた「アリーナの乱立と劇場のトリアージ」と題する記事が配信され興味深く読んだ。内容はいま都市部を中心に、ものすごい勢いでアリーナが建設されているという。関東エリアだけでも10近くのアリーナが新設されたが、2025年にスポーツ庁が公開した資料によると、現在さらに全国で40を超えるアリーナの新設・建て替え計画が進行中だという。
 アリーナが建設ラッシュの一方、日本の公立劇場は大規模改修工事を行って存続されるか、閉館するかの選択を迫られるようだ。現状は厳しい財政状況に加え、施設の老朽化、利用率の低さなどといった要因により、改修して存続させることが難しくなっているという。
 記事の中で町田氏は、文化経済学者の太下義之氏の研究「トリアージされゆく公立劇場」(「文化経済学」第22巻収録)を引用されていて、「総務省は文化施設に限らず公立施設全般を対象として、『将来的に不要となる施設を選別』する方針を検討しているようで、太下氏はこの必要/不要の施設選別をめぐる一連の現象を『トリアージ』と称し、警鐘を鳴らしている。つまり今、劇場とそこを拠点としている芸術団体は、極めて厳しい状況に直面しており、文化行政の力だけでは、もはやどうすることもできないほど事態は深刻化してしまっているのである。」と述べている。
 この記事に先立ち、昨年末の29日に舞踊家・演出振付家の金森穣氏が「私が任期更新を固辞する理由~レジデンシャル制度が抱える諸問題」と題して金森氏の公式ブログに声明文を上げた。金森氏が率いるNoism Company Niigata(以下、Noismと表す)は新潟市民芸術文化会館「りゅーとぴあ」の専属舞踊団だが、金森氏は2027年8月の第一期任期満了をもって芸術監督の任期を更新しないという。どうやら、新潟市および新潟市芸術文化振興財団とこれまで交渉を重ねてきたにもかかわらず、何も改善されないので、業を煮やしてこの声明を出したということのようだ。金森氏のことだから考え抜いた末のことだろう。続いて、1月12日付けでNoism Company Niigataメンバー・スタッフ一同から「新潟市長への要望書提出について」と題する文章がNoismの公式ウェブサイトに上がった。「(新潟市芸術文化振興財団の発表によると) Noism の活動は、2027年8月末をもって終了することになると明言されており、対話の場すら設けられずに幕を閉じようとしていることに大きな戸惑いと落胆を覚えております」とある。これも「トリアージ」の一環なのかもしれないが、Noismが存続危機事態に陥っていることは間違いないだろう。
 私もこれまでさまざまな件で行政と話し合いの場をもってきたが、私の経験からすれば、行政の担当者は個々には理解を示してくれるものの、行政の組織としてなかなか動かないという印象が強い。行政は組織であって個人ではないから責任が曖昧で、壁のように立ちはだかるか、あるいは暖簾に腕押しか、いずれにしても我々の要望はなかなか通らない。むろん、担当者の権限の問題もあるだろうが、その担当者でさえ、2~3年で異動になってしまうのだ。
 本来ならば、専属団体をもつ劇場を「文化インフラ」と位置づけ、Noismのような事例を自治体任せにするのではなく、国がこれをモデルケースとして支援し、制度として全国に展開してもおかしくなかったはずだと、私は思っている。全国各地にはバレエやオペラを上演するにふさわしい舞台機構、オーケストラピット、客席、楽屋などを備えた劇場はいくつもある。ところが本格的なバレエやオペラは、そこで年間1~2公演くらいしか上演されていない。Noismは日本初の公共劇場専属舞踊団だが、他のいくつかの劇場でもこのNoismケースが実現することを願って、私も陰ながら応援する気持ちで見守っていたのだが......。
 金森氏とNoismが18年かけて築いてきた実績が、このまま水泡に帰すようなことになるかもしれないと思うと、さすがに私も日本の舞台芸術に将来はないと感じて暗澹たる気分になってしまった。Noismメンバー・スタッフ一同の要望書は、新潟市長にあてられているが、行政のトップが理解を示し、制度を変える決断をしなければ、現状をなかなか変えることはできないだろう。日本の劇場文化、とりわけ私の立場としては、バレエやオペラのことを理解してくれる行政のトップが現れてくれることを願うばかりだ。劇場に専属の団体があるのは海外の主要な劇場では当たり前のことであって、バレエやオペラ、オーケストラは世界共通の芸術だから、そこに所属するアーティストたちの待遇もグローバル・スタンダードでなくてはならないと思う。これまでNBS/東京バレエ団も世界の主要バレエ団に環境面でも追いつくことをめざして奮闘努力してきたつもりだ。そもそも、日本では劇場を建てるときには、バレエやオペラを上演することを前提としたハードである劇場を造りながら、どうしてソフトとなる専属団体を置くことを考えないのだろう。ハードとソフトはコインの裏表で同一のものなのだ。長く現場から見ている私には、どうしても文化政策がちぐはぐに思えて仕方ない。
 このコラムで何度となく取り上げているが、今年5月からNBSが活動の拠点にしてきた東京文化会館が3年間の工事休館に入る。3年後の3月末に再開すると言われているが、まだ東京都からは改修工事の入札の要領も発表されていないらしい。隼町の国立劇場の前例があるから、2029年4月のリニューアルオープンはなんとしても死守してほしい。それまで活動の拠点がないまま、いかにNBS/東京バレエ団を存続させるかは、我々にとっては大きな試練であり、まさに存続危機事態といえる。それでも、なんとしてもこの危機を乗り越えなければならないが、予定通り3年後に東京文化会館が再開した暁には、東京都が東京バレエ団を東京文化会館専属バレエ団にしてくれることを切に願っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事