自民党が歴史的大勝。高市人気がこれほどとは思わなかった。街頭演説には5千人を超える聴衆が集まって盛り上がったという。イメージ選挙に仕立てた自民党の作戦勝ちだと私には思えた。人気のあるうちの解散や、短い選挙期間、消費税減税の争点つぶし、それらがすべてうまくはまった。高市首相が衆院解散にあたって、「私が首相でよいかどうか国民の皆さまに決めていただきたい」と発言し、「信任投票」に持ち込むことで圧勝したのだ。自民党自体は何も変わったとは思えない。石破前首相から高市首相に看板を変えただけで、高市政権としての実績の評価や政策論争も進んでいないまま、国民の判断が自民党に大勝利をもたらしたのだ。どうして日本人は一つの方向に流れやすいのか。日本の政治がこんなことでいいのかという釈然としない気持ちが私の心の中でわだかまっている。
この一連の流れを見ながら私は自分たちの仕事、すなわちバレエやオペラ公演の興行でチケットを売る仕事と重ね合わせてしまった。選挙で票を集めることと、興行と言われる観客を集め入場料をもらって公演をする我々の舞台芸術の世界とは、一見まったく違う世界のように思えるかもしれないが共通点が多い。ともに重要なのは、「流れ」や「空気」をつくることだ。どんなに中身があっても、どんなに正論であったとしても、人は「空気」のないところには集まってくれない。選挙においても「今回はこの候補、この政党に勢いがあるらしい」という感覚が広がった瞬間、支持は加速度的に広がる。我々の興行の世界も同じだ。私の経験では「話題になっている」「いま観ておかないといけないらしい」という「空気」が生まれたときにチケット予約が殺到するのだ。
そういえば、かつてこの得体のしれない「空気」の存在が気になって、山本七平の名著とされる『空気の研究』(文藝春秋社刊)を読んだことを思い出した。日本人は付和雷同なのか暗黙の了解なのか、はたまた同調圧力なのか、周りの空気を読んで全員が同じ方向に動く傾向がある。実はその「空気」は自然に発生するものではなく、意図的につくられ、時には大胆に演出されたりもしている。そう考えれば、宣伝とは単に情報を伝える行為ではなく、「空気」を設計する仕事といえるかもしれない。
次に挙げられる選挙と興行の共通点は、「固定票」と「浮動票」の存在である。選挙には、どんな状況でも必ず投票してくれる支持層、いわゆる固定票がある。一方で、最後まで態度を決めかねている浮動票があり、実際の勝敗を分けるのは、今回の場合のように「浮動票」だ。興行も同様である。どんな演目でも必ず足を運んでくれる常連客がいる一方で、「今回はどうしようか」と迷っている潜在的な観客も多い。固定客の存在は心強いが、それだけでは客席は埋まらない。結果を左右するのは、いかにして浮動層に「今回は行こう」と思ってもらうか、その一点に尽きる。
こうした場合に決定的な力をもつのが、「スター」という人気者の存在だろう。今回の選挙において高市総理が果たした役割は、まさにスターそのものだった。支持・不支持はあれど、注目を集め、話題を生み、人々の感情を動かした。その存在があるかないかで、選挙の景色がまったく違ったものになったのだ。
興行の世界では人気スターの存在は絶対だ。同じ演目、同じ作品であっても、誰が出演するかによって、チケットの売れ行きはまったく違ってくる。スターとは単に有名なだけではなく、人々に行動を起こさせる力をもった存在ではないかと思う。理屈だけでは人は動かない。人の心を動かし、行動を促さなければならないのだ。それには空気が必要であり、象徴となる存在が必要であり、そして最後の一押しとなる物語が必要なのだと思う。こう書いていて「チケットを売る」という仕事もなかなか奥が深いものだと自嘲してしまった。
我々の目前には英国ロイヤル・バレエ団日本公演の一斉前売開始日が迫っている。同バレエ団は世界でも一、二を争う人気バレエ団だが、今回の日本公演においては「チケットを売る」側からすると不安要素が多い。東京文化会館が5月に工事休館に入ることから、NHKホールと川口総合文化センター・リリア(以下、川口リリアホールと称す)で公演することになる。川口リリアホールはバレエ・ファンにはあまり馴染みがない会場でアクセスが気になると思うが、川口市にあるとはいえ京浜東北線の川口駅前だから、きっと想像されている以上に近く感じられるだろう。先日、当方のスタッフとともに改修工事中の同ホールへ視察に行ったが、きれいに改装され1740席の客席はどこからも観やすい座席配置になっている。4月1日からプレ・オープンすることになっているが、首都圏の劇場不足が深刻ないま、さまざまな条件を考え合わせると同ホールがバレエの新しい拠点になるのではないかとさえ私は思っている。
英国ロイヤル・バレエ団の日本公演はこれまで3年ごとに実現してきたが、会場不足から今回は延期せざるをえないのではないかと考えていた。いろいろ手を尽くした結果、幸いNHKホールが借りられることになったので、なんとか実現にこぎつけることができたのだ。今回の次のロイヤル・バレエ団の公演は予定では2029年だから、工事が遅れることがなければ東京文化会館も再開しているし、いまより少しは首都圏の劇場不足も緩和されているだろう。これからの3年間は外来バレエ団による全幕公演は少なくならざるを得ないから、その点で今回のロイヤル・バレエ団の『リーズの結婚』と『ジゼル』は希少価値があるといえるのではないか。ともかく、バレエ・ファンに馴染みのあるスターをたくさん擁するロイヤル・バレエ団の日本公演に、「固定ファン」はもとより「浮動ファン」をできるだけ動員することで、私としては劇場不足が深刻の中、虚勢を張ってでもバレエ界は元気であることをバレエ・ファン以外の一般の人々にも見せつけたいという思いが強い。そのためには人々の心を動かす「空気」を醸し出さなければならないのだ。
「この劇場不足の3年間を何としても耐え凌がなければなりません。これまで先人たちが耕してきた劇場文化を絶やすわけにはいかないのです。バレエ・ファンの皆さん、この劇場不足の状況によってご不便や我慢を強いることになるかもしれませんが、私どもが直面している深刻な状況にもぜひともご理解をたまわり、力を合わせ一緒にこの難局を乗り越えようではありませんか。今度の英国ロイヤル・バレエ団日本公演を皮切りに、たとえ公演会場が変わったにしても、これまで以上に公演に足を運んでいただきたい。そのことを心よりお願い申し上げまして、わたくしの街頭演説を終わらせていただきます」。
髙橋 典夫 NBS専務理事