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NEW2026/05/20(水)Vol.542

新「起承転々」 風雲篇 vol.110 予見された危機
2026/05/20(水)
2026年05月20日号
起承転々
連載

新「起承転々」 風雲篇 vol.110 予見された危機

予見された危機

 5月6日の東京バレエ団の『かぐや姫』の公演を最後に、東京文化会館が3年間の工事休館に入った。その前、4月15日に指揮者のリッカルド・ムーティが来日して本格的な準備が始まったオペラ『ドン・ジョヴァンニ』、その公演を5月1日に終えるやいなや、すぐさま〈上野の森バレエホリデイ〉へ突入と、休館前は疾風怒涛の日々だった。5月6日の終演後、舞台上で関係者だけのセレモニーが催されたが、「ああ、本当にしばらくこの劇場は閉まってしまうのだ」という実感が、寂しさと虚しさともに湧いてきた。
 休館の前後に、いくつかの新聞社の取材を受けた。いよいよ休館するというタイミングになって、劇場不足問題がニュースとして各紙で取り上げられたが、正直なところ、少し複雑な思いになった。もし2年くらい前から首都圏の劇場不足が、もっと継続的かつ大きく報じられ、社会的な議論を呼んでいたなら、今とは状況が違っていたのではないかと思うからだ。
 これまでも劇場問題はさまざまなメディアが五月雨式に報じたし、隼町の国立劇場の閉館は多くのメディアが報じ注目を集めたが、それでも社会を動かすほどの大きなムーブメントにならなかった。結局のところ、東京文化会館が3年間休館することは、よほどオペラやバレエなどに関心がある人でなければ、対岸の火事で切実感がないのだろう。今回の『ドン・ジョヴァンニ』の公演期間中も、私は何人もの人から「文化会館が休館するんですね」と話しかけられた。「3年間、オペラの引っ越し公演はできなくなる」と答えると、「サントリーホールではできないんですか」と問い返されることがあって困惑した。野球場でサッカーの試合はできないのと同じだが、劇場にあまり馴染みのない人にとっては、客席が大きいホールなら、どこでもオペラやバレエができると認識されているのではないか。私にとって今回の劇場不足問題ではっきりしたのは、日本には劇場文化がなく、劇場とコンサート・ホールの違いも、劇場の社会的な重要性もあまり理解されていないと思えたことだ。
 このコラムでしつこいと思われるくらい何度も取り上げてきたが、本来ならば代替の仮設劇場を設けるなり、首都圏の劇場の改修時期を調整するなり、広域的な視点から対策が講じられるべきだった。この劇場不足問題は突然降って湧いたわけではない。2015年に五反田のゆうぽうとホールが閉館し、首都圏の劇場・ホールが次々と閉鎖されたことで、「2016年問題」と呼ばれて社会問題になった。それをきっかけに東京都が「東京芸術文化評議会 ホール・劇場問題調査部会」を設置し、東京都と我々業界団体が定期的に議論することになった。その会議の一つの結論が行政による工期調整が必要だということだった。あわせて2020年以降の改修ラッシュへの懸念も共有されていたのだ。つまり、現在の状況は「想定外」ではない。「予見された危機」だったのだ。
 その流れの中で私が期待していたのが、横浜市で計画されていた新しいオペラ・バレエ劇場だった。新聞などでも報じられていたから、ご存じの方もいると思うが、私も多少なりともこの計画に関わっていた。深刻になる首都圏の劇場不足を前提に東京文化会館の改修工事休館も視野に入れて計画が進んでいたのだ。実際、東京文化会館の改修工事に入るタイミングに合わせて、横浜の新劇場をオープンすることができれば東京文化会館に代わる受け皿になるとともに、新劇場に観客を定着させることができるとの目論見もあった。横浜駅から徒歩圏内の、みなとみらい地区に土地も決まっていた。横浜市は2019年に「新たな劇場整備検討委員会」を設置し、市役所内に「劇場計画課」も立ち上げ、建設に向け本格的に動き出していたのだ。この計画は東京文化会館や新国立劇場に匹敵する、あるいはそれ以上のアジアを代表する劇場の建設を目指していた。コロナ禍による財政環境の悪化が響き、横浜市でのIR(カジノを含む統合型リゾート)の動きと絡めて劇場建設反対の動きが起こった。2021年8月の横浜市長選では政争の具に使われ、その結果、市長が代わってすべて白紙になってしまった。この新しい劇場ができていれば、現在の首都圏における劇場不足の状況はずいぶんと違っていたはずだ。当時、神奈川県民ホールがあるから新しい劇場は必要ないという声が上がっていたが、その県民ホールから突然、老朽化のため2025年4月に閉館すると発表があったときには愕然として耳を疑った。劇場とともに周辺一帯が再開発されるらしいが、何年後に新しい県民ホールが完成するのか、まったく見通せない状況だ。
 ことほどさように政治的な継続性はないし、長期的な視野に立った文化インフラ整備が行われているようにも思えない。政権や首長が代われば、それまで積み上げてきた議論や構想が簡単に消えてしまう。私にとって横浜の新劇場計画は、政治の非情さと文化政策のチグハグさを思い知らされた痛恨の出来事だった。
 首都圏において劇場がどんどん減り、一時かもしれないが空洞化するだろう。工事期間を分散させる調整機能もなければ、首都圏全体を見渡した劇場政策も存在しない。文化施設の整備が、個別の自治体ごとの判断に委ねられているため、全体最適という視点が欠けている。これは民間ではいかんともしがたいのだから、政治や行政の役割だろう。これが改善されなければ、近い将来また同じ状況がくり返されるに違いないのだ。
 ヨーロッパの主要都市では、オペラハウスや劇場は都市の象徴であり、文化政策の中心に位置づけられている。劇場は単なる「娯楽施設」ではない。創造の場として都市の文化水準を示し、人を呼び込み、観光を支え、教育機能を担い、国際都市としてのブランド形成にも直結する存在だ。だからこそ、劇場という文化インフラが改修工事を行う際には、国や自治体主導で代替劇場の確保や工期の調整、周辺施設との連携などが綿密に計画されなければならないのだ。若い世代が劇場に足を運ぶ機会が減れば、その文化は次第に継承されなくなってしまう。劇場が減れば公演数も減る。公演数が減れば若い世代が本物の舞台芸術に触れる機会も減る。そして観客が減れば、需要がないとみなされ、さらに劇場整備が後回しにされる。いま起きていることは、単なる施設不足ではなく、文化の循環そのものが瘦せ細っていく危機だということを、いったいどれだけの人々が認識しているだろうか。3年後に東京文化会館の灯が再びともるとき、日本のオペラ・バレエはどうなっているのだろう。「失われた3年」と後悔することになるのか、それとも日本の文化政策を見直す転機だったということができるのか。
 5月6日の終演後、舞台上でのオフィシャルな休館セレモニーの後、東京文化会館のリハーサル室で同館をこれまで仕事場にしていた人たちが集まって「文化会館の再開を待ち望む会」と称する内輪の会を催した。現役を退いた懐かしい顔ぶれも加わった。皆、文化会館に格別の思い入れをもつ、文化会館愛にあふれている人たちだ。いわば同窓会のようなものだったが、同館の休館とともに散り散りに別れて新しい仕事場で働くことになる。3年後の再開時にこのうちの何人が東京文化会館に戻ってくるのだろう。そう思うと、会場のさんざめきの中で、これからの3年間の重みと漠然とした不安が襲ってきた。

髙橋 典夫 NBS専務理事