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NBS日本舞台芸術振興会
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2026/06/17(水)Vol.544

新「起承転々」 風雲篇 vol.111 人間らしくやりたいナ
2026/06/17(水)
2026年06月17日号
起承転々
連載

新「起承転々」 風雲篇 vol.111 人間らしくやりたいナ

人間らしくやりたいナ

 巨人軍の監督だった阿部慎之助が、自宅で姉妹の喧嘩を止めようとして、18歳の長女に暴行を加え、警察に現行犯逮捕された。そのニュースだけでも驚いたが、長女がChatGPTに相談し、児童相談所に連絡した結果、警察に通報され逮捕につながったというのだから、私のような昭和世代には理解の枠を超える事件だった。私が強い違和感を覚えたのは、人間らしさが薄れていると感じたからかもしれない。最近、新聞を開いても、テレビを見ても、「AI」や「ChatGPT」という言葉を聞かない日がないくらいだ。小学生の6割近くが「わからないときに、人に聞く前にAIに聞く」という調査があるようだが、これからの教育は大きく変わらざるを得ないだろう。AI時代の教育は「知識を覚えること」よりも、「知識をどう使うか」を育てることが重要になると言われている。重要なのは批判的思考力(クリティカル・シンキング)だと言う。たしかにAIはもっともらしい誤情報を流すことがある。それをそのまま信じるのではなく、根拠を確認し、多角的に検証する力が必要になるというのだ。
 以前からAIにホワイトカラーの仕事が奪われることになるだろうと言われてきたが、まだまだ遠い先のことかと思っていた。ところがすでに現実のものになっているようだ。6月7日付け朝日新聞朝刊によれば、医師、公認会計士や税理士、法務従事者などなどホワイトカラーの収入はここ4年間でおよそ10パーセント減り、タクシー運転手、とび職、大工、自動車整備・修理従事者など、ブルーカラーと言われる職業の収入がざっと20~40パーセント増えているらしい。生成AIが文章を書き、音楽を創り、絵を描き、映像を編集する。かつては専門家だけが扱えた高度な仕事を、誰もが手軽にできるようになっているのだ。これからの時代は、私のようなアナログ世代には想像もつかないことが次々に起こるのではないかという漠然とした不安が募る。
 我々の舞台芸術の世界もAIの急激な普及の影響から逃れることはできない。AIは膨大な過去の作品を学習し、それらを組み合わせて新しい表現を生み出す。AIで作曲しバレエの振付を考える時代が来るのではないか。AIでオペラを演出し、舞台美術や照明のプランなどをAIに頼る時代がすぐ目の前に迫っていると感じてしまう。
 その一方でAIが進化すれば進化するほど、生の舞台芸術の価値は高まるのではないかと私は信じている。新しい価値観や芸術的な表現、人の心を動かす発想は人間にしかできない。だから創造力や想像力が今まで以上に価値をもつようになり、コミュニケーション能力と共感力が欠かせないというわけだ。
 少し逆説的に聞こえるかもしれないが、歴史をふり返れば、新しい技術が登場するたびに、人々は同じような議論をくり返してきたのだ。映画が誕生したときには演劇が消えると言われたし、テレビが普及したときには映画館がなくなると言われた。近年ではコロナ禍で映像配信が一挙に広がったときには、劇場に足を運ぶ人が減るだろうと言われた。ところが現実はそうでない。映画は残り、演劇も残った。一時は全盛を誇っていたテレビは、いま若い人たちの間ではテレビ離れが進んでいるが、なくなることはないだろう。影が薄かったラジオだって再び注目されている。新しい技術は古い文化を駆逐するのではなく、その価値を再定義してきたのだ。映像や録音技術が発達したからこそ、バレエやオペラ、コンサートなどの「その場にいる体験」が特別な意味をもつようになったと言えるだろう。AIによって便利になるのは間違いないが、便利になればなるほど、人間は別のものを求めるようになるのではないか。それは「本物の体験」だと私は思っている。
 あんなに苦しんだコロナ禍も、いまでは遠い昔の出来事のように感じる。コロナ禍によって次々と公演が中止になったとき、多くの舞台が配信に流れた。そのときは私もこれからは配信が主流になると感じたものだ。世界中どこにいても観ることができ、それによって新しい観客が生まれたことも事実だろう。しかし、劇場が再開されると、人々は生の舞台を求めて再び客席に戻ってきた。映像は生の舞台の代替品でしかない。バレエやオペラの映像だけを観て、舞台のことを分かったと思われたら大きな間違いだ。映像では伝わらないことがたくさんある。
 AIはこれからますます進化するだろう。私たちの想像を超える速度で社会を変えていくに違いない。教育も働き方も大きく変わるはずだ。舞台芸術の未来について、私は悲観しているわけでもない。むしろ追い風となる可能性すらあると思っている。AIが人間の知的作業を代替していけば、人間にとって残される価値観は何かという問いがより鮮明になる。人間らしさとは何か。感動したり、共感することだろう。他者の人生に創造力を働かせ、美しいものに心を震わせることではないか。
 いまの子どもたちが大人になるころには、ますますAIが生活の中に浸透していくだろう。AI化がどんどん進む一方で、人間にしかできないこと、人間らしさを追求することになるはずだ。AIによるキカイ化と人間の心とのバランスをとる必要があると私は思っている。我田引水的な発想だとの誹りを受けるかもしれないが、AI時代において生の舞台が人間形成のうえで重要だということを、舞台芸術に携わっている我々は、もっと広く社会に向かってアピールしなければならないのではないかと思っている。国はアニメや漫画、映画などのコンテンツ産業の振興ばかりに力を入れているように見えるが、これからのAI時代のことを考えれば、人々が生の舞台の魅力に触れる機会を増やすことこそ社会的な課題ではないのか。人間は感動する力、共感する力、想像する力を必要とする。そうした力を育てる場として、劇場は学校や家庭とは違う役割を果たすことができる。AI化による人間性の喪失については、誰もが漠然とした不安をもっているに違いないのだ。
 このところ私の頭の中には「人間らしくやりたいナ」という言葉が点滅している。この言葉は1961年に作家・開高健が手がけた伝説的なサントリー・トリスウイスキーの広告コピーだが、55年の時を経て合理性や効率が重視される時代だからこそ新鮮に響く。これからのAI万能時代は、「人間らしく」がこれまで以上に求められるだろう。人間にとって一番重要なのはコミュニケーションだと私は思っている。AIの答えを鵜吞みにして想定外の事態を招かないためにも、人間らしさを守り、批判的思考力を育む必要があるのではないか。そのための有効な方策の一つとして、国が政策として生の舞台芸術の活用に積極的に取り組んでくれることを願っている。

髙橋 典夫 NBS専務理事