本来、今回のコラムの原稿締め切りは7月13日だったのだが、英国ロイヤル・バレエ団日本公演と重なり、想定外の仕事が相次いで入ったため間に合わせることができなかった。締め切り厳守は私の信条なのだが、1回パスさせていただいたため2週間遅れてしまった。もし、一人でもこのコラムの掲載日のことを気に留めてくださっている読者がいたとしたら申し訳なく思う。2週前の段階で原稿がほとんど出来上がっていたこともあって、今号では少し焼き直して掲載することをお許しいただきたい。テーマとして取り上げたのは、その時点で同時進行していたサッカーのワールドカップと英国ロイヤル・バレエ団日本公演だった。2週の間にも新しいニュースに追いやられ、人々の関心事も移って、原稿内容が少し色褪せてしまったかもしれない。
4年に一度のワールドカップは、地球全体を熱狂に巻き込む巨大な祝祭だった。世界中がサッカーのニュース一色に染まり、世界が一つの話題で盛り上がった。私も日本代表戦をテレビ観戦したが、自然と愛国心が鼓舞され、痺れるような緊張感を味わった。決勝トーナメント初戦で日本代表がブラジルに敗れると、いっぺんに風船が萎んだようになってしまったが、それまでの国を挙げての熱気は凄まじいものだった。日本代表が敗れ、「最高の景色」は見られなかったものの、私の中のサッカー熱は冷めないまま、決勝戦まで深夜や早朝の試合であってもテレビにかじりついた。素人であっても見れば見るほどサッカーは奥が深いと感じ入った。
ワールドカップと同じ時期に、NBSは英国ロイヤル・バレエ団の日本公演の真っ最中だった。私の頭の中では、英国ロイヤル・バレエ団の公演とサッカーのワールドカップの試合が混然と交じり合って進んでいたから、バレエの公演とサッカーの試合は通じるものが多いのではないかと思いを巡らせた。一見すると「競技」と「芸術」で別物のように思えるかもしれないが、本質において驚くほど共通点が多い。バレエは肉体芸術だが、試合を見ていてサッカーも肉体の芸術だと思い至ったからだ。どちらも、「人間の身体を通して感動を生み出すライブ・パフォーマンス」という点で一致している。まず、一期一会であること。それにスター選手やスターダンサーを見る喜びも一緒だ。長年の鍛錬が一瞬のパフォーマンスに凝縮されるのも同じ。チームワークが重要なのも共通している。何より出演者や選手が観客と一体となって「作品」を完成させるのも似ていると思った。どちらも劇場やスタジアムという「場」が大きな力を与えていることも相通じる。
人々はスポーツも舞台芸術も五感すべてで受け止める。感動は目の前の人間が全身全霊で挑戦し、その成功や失敗を共有することによって生まれる。舞台芸術もスポーツの試合も一回性だから、毎回の試合や舞台は違う。観客が違えば空気も違う。その日の試合や公演でしか生まれない時間がある。人々は「そこにしかない瞬間」を体験したいから競技場や劇場に足を運ぶのだろう。私はこのところAIの暴走気味の進化が気になって仕方ないのだが、今後ますますAIが進化しても、人間でしかできないことが、これまで以上に価値をもつ時代になることは間違いないと思っている。効率化できるものはAIに任せればいい。人間同士が同じ空間を共有し、同じ時間を生き、喜怒哀楽を交感する体験は、ますます貴重なものになるだろう。その贅沢な時間は単なる娯楽とは違って人間が人間であることを確認する行為なのではないか。ワールドカップの熱狂も、英国ロイヤル・バレエ団の喝采も、私たちにそのことを教えてくれているように思えてならない。
もちろん、サッカーとバレエの相違点もたくさんある。我々の足元の話になるのだが、スポーツと劇場芸術の決定的な違いは財政基盤だと私は考えている。今回の大会でFIFA(国際サッカー連盟)は、行き過ぎた商業主義が批判されたが、舞台芸術にはFIFAのような強大な組織があるわけではない。そもそもバレエやオペラなどの舞台芸術は公的な支援がなければ成り立たない分野だ。2027年度予算編成の基本となる「骨太の方針2026(経済財政運営と改革の基本方針2026)」が7月21日に閣議決定された。〈文化芸術・スポーツの振興〉欄を読むと、「文化・スポーツが持つ力を、経済活性化の強力な原動力とする。(中略)首都圏の劇場不足対応を含む舞台芸術の振興、新国立劇場を始めとするバレエ等のグローバル展開、博物館・劇場等の機能強化......(後略)」とある。私にとって少し違和感を覚える表現がなくはないのだが、国がこれまで以上に文化芸術に予算をつけてくれるのであれば、諸手を挙げて歓迎する。例年通りであるならば、8月末から概算要求が始まる。私のわずかばかりの経験からすると、予算編成に携わる人たちが必ずしも劇場芸術のよき理解者ばかりでないことがどうしても気にかかるのだ。文化予算は例年ほぼ横ばいだから、高市政権になったからといって飛躍的に増えるとは考えにくい。舞台芸術を取り巻く環境が少しでも改善されるためには、政治が動かなければ、行政の仕組みを大きく変革することしか解決策はないと私には思えるのだが......。
今回の英国ロイヤル・バレエ団日本公演は、これまでNBSが活動の拠点としてきた東京文化会館が改修工事のため、1本目の演目『リーズの結婚』を川口総合文化センター・リリア フカガワみらいホールで、2本目の演目『ジゼル』をNHKホールで上演し、毎回、バレエファンに飛び切りの景色を見せてくれた。私自身、今回の英国ロイヤル・バレエ団の公演によって首都圏の劇場不足がさまざまなことで大きな影響を及ぼしていることを実感した。「骨太の方針2026」に「首都圏の劇場不足対応」と入っているのだから、救済策としてコロナ禍のときのように、特別に助成金をつけてもらえないものかと夢想している。我々がいま直面している劇場不足の深刻さは、世界中の舞台芸術関係者が共有していたコロナ禍のときとは比べものにならない。文化にはアニメやゲーム、漫画などの「稼げる文化」と、博物館や美術館、劇場文化など「守らなければならない文化」がある。スポーツにも「稼げるスポーツ」と「稼げないスポーツ」がある。どうしても財源の問題になるが、文化庁もスポーツ庁も文部科学省の所管なのだから、人気スポーツで大きく稼いで、その収益を「守らなければならない文化」に回してもらうような仕組みができないものかと勝手に妄想を膨らませている。
『リーズの結婚』も『ジゼル』も終演後のカーテンコールは、ワールドカップの観客のように、毎回熱狂的なスタンディング・オベーションがくり広げられた。この観客の熱量が劇場不足という試練を乗り越えるために、国を動かす力になってくれることを願うばかりだ。多くの課題を抱えている日本のバレエが、サッカーの日本代表チームと同様に「最高の景色」を見られるのは、果たしていつになるのだろうか。
髙橋 典夫 NBS専務理事