今年の夏は40度に近い猛暑だったり、豪雨に見舞われたりと、日本が亜熱帯化していることを実感する日々だった。NBSの公演は活動の拠点にしてきた東京文化会館が3年間の休館に入ったため、公演会場を転々とすることになったが、ようやく2カ月に及んだ"NBSバレエ夏の陣"も終わった。英国ロイヤル・バレエ団では川口総合文化センター・リリアとNHKホール、〈めぐろバレエ祭り〉では、めぐろパーシモンホール、〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉は、昭和女子大学人見記念講堂、そして、東京バレエ団の『海賊』と『白鳥の湖』は新国立劇場のオペラパレス。当方がこれらの劇場の使用にあまり慣れていないせいもあって、想像していた以上に疲れた。東京都内は舞台芸術のインフラが崩壊していることを身に染みて感じた。東京文化会館が閉館したのが今年の5月7日だから、それからまだ4カ月余しか経っていないことが信じられないくらいだ。再開予定の2029年4月までの道のりを考えると気が遠くなる。
東京文化会館休館中、東京バレエ団は今年度、幸いなことに新国立劇場オペラパレス(以下、「新国」)を借りて4演目を公演できることになっているが、もし、新国を借りられなかったらと思うとゾッとする。付け加えると、海外の団体の招聘公演は基本的に借りることはできない。公演会場の是非は公演そのものの出来栄えにも、公演の評価にも影響を及ぼすから、東京バレエ団にとって新国を使えることは大きな救いだ。ただ、その新国も借りられる期間が決まっているので、その限られた日程でどれくらい多くの公演回数を確保できるかが、大きな課題になっていた。今回の場合、新国側から東京文化会館の使用頻度が多かった東京二期会と東京バレエ団に対し、8月26日から9月13日までの間、提供されることになった。そこで東京二期会と協議のうえ、東京バレエ団が8月26日から30日までで『海賊』を5公演、その後、東京二期会が9月3日から6日まで『運命の力』を4公演、そして、再び東京バレエ団が9月9日から13日までの間に『白鳥の湖』を6回公演することになった。その結果、東京バレエ団は『海賊』の公演が終わってから10日後、実質的に5日の準備期間で『白鳥の湖』の初日を迎えるという、前代未聞の強行スケジュールになった。21日間で15回の公演を実現するために、東京二期会と東京バレエ団のスタッフが緊密に連携し、新国の技術スタッフの協力を得て、お互いの舞台上でのリハーサルや本番に支障がないように搬入や仕込みなどのスケジュールを組んだ。新国は4面の広い舞台スペースと舞台機構があるから、2団体が並行して作業を行うことができるのであって、他の会場では物理的に不可能なことだ。本来なら東京文化会館と比べ新国は客席数が約500席少ない分、興行的にはそれぞれの演目であと2公演ずつ追加したいくらいだったが、これ以上贅沢を言える状況ではないことはわかっている。今回の東京二期会との取り組みが参考になり、劇場不足の影響が大きい団体の公演回数の確保に繋がればありがたいと思っている。
このように劇場不足によって物理的に余計な負担を強いられることになっているが、それ以上に経済面での打撃が大きい。この難局を乗り切るために必死に悪あがきをしているが、劇場不足対策として、国からの支援はあまり期待できそうにないと思っていたところ、ここにきてNBSが本拠を置く目黒区から朗報が届いた。目黒区がこの11月から「めぐろ団体応援事業」を開始することになったのだ。これは「ふるさと納税」の仕組みを使って、区が公益活動を行う団体を支援するもので、すでにいくつかの区では行われている。個人が応援したい団体を指定して区へ寄付(ふるさと納税)を行うと、寄付された金額の7割を上限に、区が指定した団体に対して補助金を交付するというもので、NBSも指定団体に入れてもらえそうだ。ふるさと納税は「ふるさと納税という税金を払う」のではなく、自治体に寄付をして、その寄付額に応じて税金の控除を受ける制度だ。理解してもらいやすいように例を挙げると、10万円寄付した場合、自己負担額の2,000円を除いた98,000円が、所得税・住民税から控除される仕組みだ。日本は他の国々と比較して、税制のうえで文化芸術に対して冷たいと私は常々感じてきたのだが、この「めぐろ団体応援事業」はNBSにとって福音になるのではないかと期待している。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの......」は、詩人・室生犀星の代表作だが、犀星にとって故郷・金沢は、懐かしいだけの場所ではなかった。愛着と同時に複雑な思いがあったようだ。「ふるさと」というものは、単に生まれ育った土地を指すのではないと思う。「心のふるさと」という言葉もあるが、自分が大切にしてきたもの、人生の中で忘れられない時間を過ごした場所、何度も足を運び、喜びや感動を分かち合った場所。そうした場所がふるさとなのではないか。バレエやオペラ、音楽好きにとっては劇場もその一つなのではないかと私は思っている。けっして、美味しい返礼品を送ってくれるところが「ふるさと」ではないのだ。
思い返せばコロナ禍のときに、不安を抱え不自由な日々を送るダンサーたちへのボディ・コンディショニングなどのサポートを目的に、クラウド・ファンディングを実施したことがあった。そのとき目標金額は1千万円だったが、予想を大きく上回って約2千万円のご寄付をいただいた。寄付者からの応援コメントもついていて、涙が出るほど嬉しかったことが、いまも深く心に残っている。コロナ禍は地球規模の災厄だったが、劇場不足が深刻なのは限られた団体だけだから、少数の団体のために国が対策を打ち出しにくいのかもしれないと思う。
大切なものは、遠くから思うだけでなく、自分たちの手で守らなければならないのではないか。このところテレビを見ていると、ふるさと納税ポータルサイトのCMが目につく。本年の12月中旬が26年度の寄付の期限だから、いま一番宣伝に力を入れなければならないタイミングなのだろう。生まれ故郷へのふるさと納税もいいだろう、返礼品目当てで見知らぬふるさとに納税するのも個人の自由だが、このコラムをお読みくださっている皆さまには、ご自身が大切にされてきたバレエやオペラ、音楽へのご寄付をご検討いただきたい。NBSの活動を維持し、いま直面しているピンチをチャンスに変え、さらに発展させるためにも、ぜひとも「めぐろ団体応援事業」制度を使ってご支援いただけることを切に願っている。
※「めぐろ団体応援事業」の詳細については、近日中にNBSホームページに掲載させていただきます。
髙橋 典夫 NBS専務理事