8月の〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉でドロテ・ジルベールとの3作品ほかで登場したギヨーム・ディオップ。2023年にエトワールに昇格して以来、パリ・オペラ座の顔となっているディオップですが、今回のプログラムでは"初めて"のこともあったとか。公演の開催期間中に、舞踊史研究家の森立子さんによるインタビューに答えてくれました。
「演劇的な作品ばかりで構成されたプログラムを経験するのは今回が初めてなんです。だからこそ、そうですね......集中の仕方が本当にいつもとは違います」
――2024年の来日公演では『白鳥の湖』のジークフリート王子を踊られ、日本の観客に鮮烈な印象を残してくださいました。ディオップさんご自身は、日本の観客の反応や劇場の雰囲気について、どのような印象をお持ちですか。
ディオップ:とても温かい雰囲気で、舞台に対して皆がすごく集中し、注意を払っていたのを覚えています。公演が終わって出てくるときに、長いヴァリエーションや、私の役の解釈にとても感動した、といった感想をたくさんもらいました。私にとって本当に良い思い出です。
――今回の〈エスプリ・ドゥ・ラ・ダンス〉の公演では、『ラ・バヤデール』という古典的な演目、そして一方で、プティ、ベジャール、プレルジョカージュと、さまざまな作品を踊られますが、それぞれの作品を踊る際に、身体的・精神的準備の仕方には何か違いがあるでしょうか。
ディオップ:まったく違ってきますね。 通常のガラ公演だと私は『ドン・キホーテ』や『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーンみたいに、どちらかというとダイナミックで技術的に難しいバレエを踊ることが多いのですが、今回の日本での公演では、表現や解釈に軸を置いた、より芸術的な作品を踊っているんですよね。そうすると求められるものが、例えば高く跳んだりピルエットを回ったりしなければならない『ドン・キホーテ』をやるときとは違うものになってきます。今回は5分とか10分の中で物語を伝えなければいけません。その場合、自然と集中の仕方も変わってきて、技術的な難しさよりも、自分が演じる「役」に集中するようになります。だから私にとってこういう取り組みはかなり面白いですし、特にAプロのように、プレルジョカージュの『ル・パルク』とローラン・プティの『ランデ・ヴー』という、演劇的な作品ばかりで構成されたプログラムを経験するのは今回が初めてなんです。だからこそ、そうですね......集中の仕方が本当にいつもとは違います。
――今回は、『ル・パルク』、『ランデ・ヴー』、『ラ・バヤデール』の3演目をドロテ・ジルベールさんと踊られます。あなたにとって、ドロテ・ジルベールさんはどういうダンサーですか。彼女と一緒に踊ることで、あなたは彼女からどのようなことを学んだでしょうか。
ディオップ:ドロテは間違いなく私の「導きの星」です。なぜなら、私に本当にたくさんのことを教えてくれた人だからです。彼女と一緒に私は古典の全幕作品を踊り始めましたし、私がまだコリフェやスジェだった頃に、彼女の方から私と踊りたいと申し出てくれたんです。ですから、彼女は私のキャリアを後押ししてくれた人です。良いパートナーになる方法、パートナーを引き立てる方法、一緒に踊る女性ダンサーが心地よく踊れるようにする方法を教えてくれました。またそれだけでなく、役の解釈の仕方や、自分の見た目を気にしすぎたり表面的な美しさにとらわれたりせず、より誠実な表現に昇華させる方法についても教えてくれました。だからこそ、彼女と一緒にこれらの作品を演じることは、私にとって非常に大きな意味があります。
『さすらう若者の歌』の「赤」と「青」
――『さすらう若者の歌』を2023年にパリ・オペラ座で踊られたときは、マルク・モローさんと踊られていました。今回はエンゾ・ソガールさんとの共演になりますが、違うパートナーと踊ることによって、あなたが作品に対して持つ印象や解釈は変化しますか。
ディオップ:少しだけ変わる、とできるかもしれません。というのも、2023年にマルクと踊ったときは、解釈の面でより自然な部分があったと思うんです。私が「青」を演じ、マルクが「赤」を演じていたのですが、「赤」は「青」に対して一種の優位性を持っている役割でした。そしてマルクは私よりずっと年上なので、舞台上での力関係や受け渡しのようなものがごく自然に生まれていました。一方でエンゾの場合、私の方が彼より1〜2歳年上で、私はエトワール、彼はスジェです。つまり名目上は、私の方が彼よりも経験があることになります。ですから、普段の私たちの関係性と、舞台上で演じなければいけない役柄との間にギャップがあるんです。だからこそ、私は「青」の役柄としてさらに脆さや繊細さを出す必要がありますし、エンゾには「赤」としてより強く、よりパワフルであることが求められると思います。でも、それもまた興味深いところですね。
――『さすらう若者の歌』のあなたの解釈について、さらに少しお聞きしたいと思います。青い男と赤い男は、それぞれどういう存在だと解釈されていますか。「赤」は「青」の導き役なのか、彼の運命なのか、あるいは二人は友人なのか、いくつかの解釈の可能性があるかと思います。あるいは「青」と「赤」は、一人の男の内面にある二つの側面だと解釈することもできるかもしれません。あなたはどのようにお考えでしょうか。
ディオップ:私にとって「青」は、まさに思春期から大人への移行期にいる青年です。夢見がちで、少し臆病でもあると思いますが、何よりも世界を見たいという強い思いと、世界に対する理想主義的な視点を持っている人物です。一方で「赤」は成熟や現実主義を表していて、人生に対する考え方がより固まっており、ある意味では少し暗い側面もあります。私自身は赤のキャラクターを「守る存在」として捉えています。つまり、青のキャラクターに対して少し暴力的な瞬間や厳しく接する場面があったとしても、彼は「守りたい」という意志からそうしているのです。だからこそ「赤」は運命そのものであると同時に、「青」を保護しようとし、彼が夢に溺れすぎないように、そして傷つきすぎないように見守る兄のような存在でもあります。たとえそれが一種の荒々しさという形で表れるとしても、ですね。
――これまでに、古典の全幕ものから現代作品まで幅広く演じられていますが、今後挑戦したい役柄や作品はありますか。
ディオップ:はい、いくつかあります。『椿姫』のアルマン役を演じたいですし、ベジャールの『ボレロ』も踊ってみたいですね。それから、振付家のシャロン・エイアールともぜひ一緒に仕事をしたいと思っています。
※取材はAプロとBプロのあいだの期間に行われました。
取材・文:森立子(舞踊史研究家、日本女子体育大学教授)