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NBS日本舞台芸術振興会
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2026/04/01(水)Vol.539

ワーグナー:《ニーベルングの指環》全曲初演150周年 
序夜『ラインの黄金』
2026/04/01(水)
2026年04月01日号
オペラはなにがおもしろい
特集

ワーグナー:《ニーベルングの指環》全曲初演150周年 
序夜『ラインの黄金』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
今年は1876年にドイツのバイロイト祝祭劇場で《ニーベルングの指環》4部作が世界で初めて全曲初演されてから、ちょうど150周年にあたります。4夜を連続でご紹介していきます。

完成した天上のワルハラ城に、主神ヴォータンと神々が入っていく。だが危機は始まっていた。ニーベルング族のアルベリヒが愛を断念して得た黄金で作らせた権力の指環が、世界を変えるだろう。

ざっくり、こんな作品

《ニーベルングの指環》
天上に神々、地上に巨人、地下にニーベルング族が住む世界に異変が起ころうとしていた。ラインの川底に眠る黄金を、ニーベルング族のアルベリヒが奪った。黄金から作られた指環は世界を支配する力を持つことになる。すでに不安を感じていた世界の統治者ヴォータンは、神の秩序から自由な後継者を作ろうと目論んでいた。だが次に世界を担うはずだったヴォータンの子ジークムントは、当のヴォータンが縛られている道徳の掟によって滅ぼされる。その時愛の戦士として現れたのが、ブリュンヒルデだった。ヴォータンの娘として、戦場で倒れた勇者たちを神々の城ワルハラへと運ぶ役をするワルキューレの一員だったブリュンヒルデが、父の命令に背き、愛の世界へと身を翻した。ブリュンヒルデが結ばれるのが英雄ジークフリートだった。ヴォータンが滅ぼしたジークムントと、その妹であり妻でもあったジークリンデのあいだに生まれたジークフリートは、竜を倒して指環を手に入れていた。だが新しい愛の世界を目ざす2人の前に敵が現れる。指環を作らせたアルベリヒの子ハーゲンが、神々が衰えた人間たちの世界を支配しようとしていた。陰謀に会い、ジークフリートはハーゲンによって殺される。残されたブリュンヒルデはラインの河畔に薪を積み上げ火を放つと、その火の中に飛び込んだ。世界は炎上する。

  • 序夜『ラインの黄金』
    原初のライン川で3人のラインの乙女が黄金を守っていた。ニーベルング族のアルベリヒが、愛を断念して黄金を奪ったのが始まりだった。アルベリヒは財宝を集め、弟ミーメに指環を作らせる。世界を支配する力を備えた指環が出来た。そこに主神ヴォータンと奸智の神ローゲが降りてきた。ワルハラ城建設費用を巨人兄弟に支払うためだ。2人は策略を用いてアルベリヒから財宝とともにこの指環を奪った。奪われたアルベリヒが指環を呪い、この指環は不吉な性格をも備えることになる。巨人兄弟はワルハラ建設の報酬として財宝だけでなく指環も求めた。手放したくなかったヴォータンだが、大地と智の女神エルダの警告を受け、指環を渡す。すぐに巨人兄弟が争いを始め、弟ファフナーが兄ファーゾルトを殺して財宝を一人占めした。呪いが効いたのだ。ヴォータンとその妃フリッカたち神々は新しいワルハラの城へ、虹の橋を渡って向かった。
  • ワーグナー作詞・作曲 1876年バイロイト音楽祭初演(1869年バイエルン宮廷歌劇場で、作者ワーグナーが認めないまま、『ラインの黄金』単独で上演されている) ドイツ語/全4場

聴いてびっくり


●空虚な「無」から世界が始まる。《ニーベルングの指環》全体の序奏は、印象的な世界の始まりだ。まずはコントラバスの低い響き、つぎはファゴットというように拡大し、響きが音楽へと変わっていく。音楽は次第に波をかたちづくり、ラインの川底が姿を現す。そこにラインの乙女の波に揺られるようなかけ声が聞こえてきて、生命が動き出す。この前奏から『ラインの黄金』の、そして《ニーベルングの指環》の魅力が輝き出す。
●無邪気なラインの乙女たちの遊びの世界にニーベルング族のアルベリヒが乱入する。アルベリヒを動かしているのは乙女たちへの欲望だ。その欲望が黄金とそこから作られる権力へと転じた時《ニーベルングの指環》のドラマが動き出す。もう取り返しがつかない。現在も続く、金の値が高騰し、富を握る者の力が世界を支配する時代が始まってしまった。

見てびっくり


さあ行こう! 落成したワルハラの城へ! 入城するのは主神ヴォータンとその妻で結婚の神フリッカ、美と青春の女神フライアに雷神ドンナーに虹と幸福の神フローたちだ。火と奸智の神ローゲは加わらないようだが、錚々たる神々が揃っている。ヴォータンは城建設の代償として、財宝だけでなく指環までしぶしぶ手放してしまったのだけれど、まずはめでたい。ワーグナーがこの大作のために用意した空前の大オーケストラが、いよいよその力を振るう時がやってきた。まずあたりを払うのはドンナーのハンマーだ。雷が鳴り響いて雲も霧も不安も消えて、晴天になる。そこへフローが登場し、ワルハラの城への虹の橋をかける。虹を作るのはこのために集められた6台のハープだ。そしてヴォータンの堂々たる祝詞が歌われ、神々のワルハラへの入城が行われる。神々の世界の幸福感に疑念を感じるローゲの声も聴こえるし、ライン川からはラインの乙女の嘆きも聴こえてくる。だがそれを打ち消すように、壮麗無比な大管弦楽の響きが、神々と神々の城を描き出して、『ラインの黄金』は終わる。

『ラインの黄金』
(ベルリン・ドイツ・オペラ1987年日本公演より)
Photo: Kiyotane Hayashi

この歌を聴け


●ラインの乙女がアルベリヒをからかっているところに黄金が見える、いや聴こえる。権力の源泉にして悪の源泉でもある黄金も、この時は無垢だ。乙女たちの黄金を讃える歌が光輝く黄金の魅力を伝える。魅了されるのはアルベリヒだけではない。
●アルベリヒは2度呪う。まずラインの川底で愛を呪う。これでこのニーベルング族の男は黄金を手にできることになる。そして手に入れた黄金で作られた権力の指環を、第4場でヴォータンに奪われた時もう一度、呪う。この指環は手にする者に必ず不幸をもたらすだろう。不吉な響きを持ったアルベリヒの呪いは、効く。
●神と人間のあいだに生まれたローゲは、火だけでなく奸智の神でもある。美と青春の女神フライヤを人質にワルハラ建設の費用を支払うよう求める巨人兄弟の要求に困ったヴォータンを説得するローゲは、見事というほかない。他人の持ちものを奪って、それで支払え、なんて奸智の神ならでは。聴いているうち、つい悪くない案だと思えてしまうほどだ。ちなみにローゲは第1夜『ワルキューレ』の第3幕にも出てくるが、そこでは歌わない。
●『ラインの黄金』は4場立てなので、場をつなぐ間奏曲が3つある。2つは神々のいる世界への「昇り」で、上昇する力を持つが、最も風変わりなのは地下のニーベルハイムへ降りる第2場と第3場のあいだの「下り」だろう。下に降りるに従って金床をたたく響きがうるさく聴こえてくる。わくわくするような地下世界ツアーだ。
●指環に執着するヴォータンを説得するため、大地と智の女神エルダが地下から半分だけ現れる。重々しいその警告は、さすがのヴォータンも聞き入れるほかない。
●指環にかけられたアルベリヒの呪いは、すぐに効き始める。第4場で、それまで仲良くワルハラ建設に励んでいたはずの巨人兄弟が争い、ファフナーがファーゾルトを殺害して指環と財宝を一人占めする。ゾッとする効き目が聴ける。

鍵言葉キーワード

序夜 《ニーベルングの指環》は4部作でなく3部作で『ラインの黄金』は序夜にあたる。
休みなし 4場から成る序夜に休憩はない。
登場人物
なし
登場「人物」は1人もいない。登場するのは神や巨人や侏儒(=ニーベルング族)や妖精で、人間は出てこない。
天上 神々が住むのは天上で、主神ヴォータン、その妃はフリッカだ。
地上 巨人が地上に住んでいる。ファーゾルトとファフナーの兄弟だ。
地下 地下のニーベルハイムにはニーベルング族(=侏儒)が住んでいる。アルベリヒとミーメの兄弟もいる。
ライン川 3人のラインの乙女、ヴォークリンデ、ヴェルグンデ、フロスヒルデはライン川にいる。
ライト
モチーフ
《ニーベルングの指環》の音楽のつくり方の第1はライトモチーフにある。物あるいは事を音楽のフレーズと結びつけるやり方で、モチーフは記号ではなく、変化・進展しながらドラマと結びついていく。
移行 「つくり」のもう一つの方法が、通称「移行の芸術」で、異なる性質の音楽をたくみに持続させて自然な変化を作っていく。
大オーケストラ 《ニーベルングの指環》は巨大なオーケストラで演奏するよう作られている。初演当時はもちろん、現在でもオリジナルのオーケストラ編成で上演するのは大変だ。
声と
オーケストラ
大管弦楽は歌手の声との調和が難しい。ワーグナーはバイロイトの祝祭劇場で独特の工夫を試みた。オーケストラを舞台の下に沈める方法だ。
バイロイト 《ニーベルングの指環》は今日も続くバイロイト音楽祭で初演された。慣例で「音楽祭」と訳されるが、音楽という言葉は入っていない。バイロイトの祝祭だ。
ギリシア
の祝祭
ワーグナーがモデルにしたのは古代ギリシア、アテナイで開かれていた祝祭で、詞が現存する唯一の三部作、アイスキュロスのオレステイア三部作が先祖ということになる。
150年 祝祭のため創設されたバイロイト音楽祭で《ニーベルングの指環》が初演されたのは1876年の夏だった。2026年は初演150年にあたる。
18時開演 バイロイトでの開演時間は16時なのだが『ラインの黄金』は18時に始まる。
リンゴ 青春の女神フライアのリンゴを食べて、神々は若さを保っている。
隠れ頭巾 アルベリヒが弟ミーメに作らせたのが指環と隠れ頭巾(=隠れかぶと)だ。ヴォータンはこれでアルベリヒが変身したところを捕え、指環を奪う。
ヴォータンはいつも槍を持っている。神聖なルーネ文字で契約が刻まれた槍で、ヴォータンはこの槍で、つまり契約を守るモラルによって、世界を統治している。
指環 ラインの黄金で作られた指環は、黄金の力あるいは富の力を備えている。モラルの時代は《ニーベルングの指環》の中で富と経済の時代へと移っている。
指環の
持ち主
指環はアルベリヒからヴォータン、ヴォータンから巨人兄弟、弟のファフナーへと持ち主を変えていく。
ファンタジー かつては多かったが、現在は《ニーベルンクの指環》がファンタジーとして上演される例は少ない。

監修:堀内修