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2021/04/21(水)Vol.420

春は誘惑の季節・・・  
誘って、誘われて『ドン・ジョヴァンニ』
2021/04/21(水)
2021年04月21日号
オペラはなにがおもしろい
特集

春は誘惑の季節・・・  
誘って、誘われて『ドン・ジョヴァンニ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • 誘われたら誰だってその気になる。モーツァルトはこの上なく魅力的で、この上なくあぶない男を舞台に解き放った。
  • 人妻だろうが新婚の花嫁だろうがおかまいなしに手を出す伝説の色事師ドン・ジョヴァンニも、ついに年貢の納め時がきた。人殺しまでしてしまった悪人を、女たちが追いつめる。地獄に落ちるその時まで、色事師は後悔などしなかった。
  • モーツァルト作曲、ダ・ボンテ作詞/全2幕/1787年、プラハ、スタヴォフスケー劇場初演

聴いてびっくり


結婚の祝宴に現れたドン・ジョヴァンニが、花嫁ツェルリーナを誘惑する。とんでもない歌だが、ここでオペラの誘惑の歌の極地が聴ける。こんな風に歌われたら抵抗できるはずがない、と思えるくらい。実際ツェルリーナはその気になる。「ダメ」から「ハイ」まで3分とかからない。これだけだって凄いのに、モーツァルトはさらに誘惑の歌を先に進める。確かにドン・ジョヴァンニが誘うのだが、いつのまにか誘われているツェルリーナが誘っているのだ。誘惑の歌は甘美でなだけでなく、深い!

見てびっくり


『ドン・ジョヴァンニ』に遅刻は禁物だ。序曲も、そして幕開き直後も、えらく緊迫しているからだ。ある夜暗闇にまぎれ、騎士長の館にしのび込んだドン・ジョヴァンニは、この家の娘アンナを強姦しているところを父親に見つかってしまう。剣を抜き、ドン・ジョヴァンニは騎士長を殺害した。こんな悪事を働いた後も、悪人は動ぜず、次の獲物をあさり始める。これでは客席にいる者も安心してはいられない。これは強姦と殺人で始まるオペラだ。

「さあ、一緒に行こうよ」ドン・ジョヴァンニが誘う。いま結婚したばかりの、花嫁衣裳を着た女性だって、ためらったりしない。そしてモーツァルトの音楽が不可能を可能にする。誘われている花嫁がその気になっているのが見てとれるだろうか?
[英国ロイヤル・オペラ2015年日本公演『ドン・ジョヴァンニ』 第1幕より]
Photo: Kiyonori Hasegawa

この人を聴け


ドン・ジョヴァンニを追いつめる中心人物はアンナとエルヴィーラというタフな女性たちだ。でも村娘ツェルリーナこそ、主役をしのぐ誘惑の達人じゃないだろうか? ドン・ジョヴァンニが狙い続ける魅力の持ち主であるだけじゃない。誘惑される女は誘惑する女でもある。新婚の夫にドン・ジョヴァンニとの仲を疑われたツェルリーナは、二度にわたって夫をまるめこむ。「ぶってよマゼット」と「薬屋の歌」こそ、このオペラの本当の誘惑の歌じゃないだろうか。オペラの中で、ドン・ジョヴァンニはことごとく誘惑に失敗する。対してツェルリーナは成功率100パーセントなのだ。

鍵言葉キーワード

カタログ イタリアでは630人、ドイツでは231人......。従者レポレロは主人がものにした女性のカタログを持っている。
酒を飲んで興奮するドン・ジョヴァンニのテーマ・ソングが「シャンパンの歌」だ。第1幕でも第2幕でも、悪のヒーローは実によく酒を飲む。(好むワインはマルジミーノだ)
石像 冒頭で殺された騎士長は第2幕で墓地の石像になっている。ドン・ジョヴァンニはこの石像を家に招き、地獄に連れて行かれる。
不道徳 ベートーヴェンは不道徳だという理由でこのオペラを否定した。正しい。『ドン・ジョヴァンニ』は不道徳なオペラだ。もちろん不道徳なオペラは道徳的なオペラより面白い。

監修:堀内修