オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
いい飲み屋を知ってるんだけど、今度行かない?と、縄をかけられたカルメンが見張り役のホセを誘う。魅力的なメゾ・ソプラノが「セギディーリャ」を歌って陥落しないホセはいない。ホセは魔法にかけられたように縄をほどき、カルメンは、自由を得る。オペラの歌の魔力が発揮される瞬間が第1幕の終わりに出現する。自由を求める女カルメンは、自由を手に入れる力を持った女でもある。
ヒロインの血と闘牛場の興奮で、『カルメン』はクライマックスに達する。ホセが復縁を迫り、カルメンは断固として拒否する。闘牛場から聞こえてくる熱狂した客の歓声にあおられ、ホセが気持ちをたかぶらせていく。贈った指輪を投げつけられて、とうとう一線を超えたのは、闘牛場の騒ぎが頂点に達した時だった。ホセはカルメンを刺し殺す。闘牛場の前は凄惨なストーカー殺人の現場になってしまった。人気オペラは殺人事件で幕をおろす。でも被害者カルメンは永遠の「宿命の女」となり、オペラ『カルメン』は150年の人気を勝ち取る。殺人犯ホセだって、情熱的に愛した男としてファンを抱えている。
ホセはすがる。冷たくされてもすがる。だが切々と「花の歌」を歌ってもカルメンは振り向かない。セビリアの闘牛場へ向かったホセは、ナイフを隠し持っていた。
[英国ロイヤル・オペラ1986年日本公演『カルメン』第4幕より]
Photo: NBS
「闘牛士の歌」こそスターの歌というものだろう。牛を倒す興奮を歌う闘牛士エスカミーリョの歌を聴けば誰だって夢中になる。もちろんカルメンも。
『カルメン』でたった一つのアリアを歌うのは、カルメンでもホセでもなく、ホセの婚約者ミカエラだ。青いスカートをはいたおさげの清純派なのに、暗い山中にいる密輸人たちのところに一人で乗り込み、婚約者を連れ帰る女は一筋縄ではいかない。ミカエラが人気をさらう『カルメン』の上演だってちっとも珍しくない。
花の香り | ホセはカルメンに投げられた花を萎れても大切に持っていた。香りがいつまでも消えない花だったのだ。花の香りはカルメンの強力な武器だ。 |
不吉なカード | 何度占ってもカルメンには「死」のカードが出る。死の予感がオペラ『カルメン』の重要なモチーフになっている。 |
闘牛場 | 興奮と華やかな死こそ闘牛場の主役で、『カルメン』第3幕の主役でもある。カルメンはほかのどこでもなく、闘牛場で死ぬ。 |
煙草工場 | カルメンは煙草工場で働いている。悲劇はワーキング・ウーマンの身に起こった。 |
マンサニージャ | カルメンが一杯飲もうと誘う酒は、スペインのシェリー酒マンサニージャだ。効く。 |
監修:堀内修