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2021/06/16(水)Vol.424

夏は海の季節、海の男の季節、海の男の和解の季節
『シモン・ボッカネグラ』
2021/06/16(水)
2021年06月16日号
オペラはなにがおもしろい
特集

夏は海の季節、海の男の季節、海の男の和解の季節
『シモン・ボッカネグラ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • 海の共和国ジェノヴァの新しい総督に平民派のリーダー、シモン・ボッカネグラが選ばれた日、新総督は悩みを抱えることになった。実はシモン、敵対する貴族派のリーダー、フィエスコの娘と恋仲で、子どもまでいたのに、2人の仲は割かれ、総督に選ばれた当日に恋人が亡くなったからだ。そのうえ他所にあずけていた子どもまで行方知れずになっていた。フィエスコがシモンを憎まないわけがない。両派の和解を求めるシモンの信条にもかかわらず、対立と憎悪は消えない。だが25年後に奇跡が起きる。行方知れずだった子が戻り、長年の憎しみが消えて、2人の男は和解する。愛する者たちが結ばれ、海は穏やかになって共和国に新しい時代が訪れる。悪人に盛られた毒で死を迎えながら、シモンは平和を達成した。
  • ヴェルディ作曲、ピアーヴェ作詞、ボーイト改訂協力/プロローグと3幕/イタリア語/1857年、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場初演

聴いてびっくり


「マリア!」「それがわたしの名です」「私の娘だ!」「マリア!」「お父様!」 離れ離れになっていた親子が再会する場面は感傷的なドラマの定番だけれど、『シモン・ボッカネグラ』第1幕で起こる父と娘の再会は他を圧している。ヴェルディの音楽が鳴り響くからだ。互いに相手を父娘と認め合った二人から恍惚とした感情が旋律となってあふれ出る時、幸福感に包まれるのは舞台にいる二人だけじゃない。

見てびっくり


夢のような毒というべきか。卑劣な悪人がジェノヴァの総督シモン・ボッカネグラに飲ませたのは、ゆっくり効く毒だった。第2幕で飲んだ毒は第3幕のあいだ効き続け、幕切れ寸前で総督の命を奪う。このあいだに総督は、高潔な男が死ぬ前に行いたいと願うすべてを成し遂げる。自分に殺意さえ抱いている反対派の若者の誤解を解き、娘との結婚を許して明るい将来を展望する。敵対する党派に和解を説き、25年にわたって敵同士だった相手と手を取り合う。すべてを成し終え、海の空気に包まれて、シモンは死んでいく。これこそオペラにおける理想の死で、その実現に手を貸したのは悪人の毒だった。

繁栄した海洋国家ジェノヴァの宮殿の向こうに海が見える。シモン・ボッカネグラは海に見守られて総督になり、娘と再会し、敵を赦し、そして死んでいく。

[ローマ歌劇場2014年日本公演『シモン・ボッカネグラ』第1幕より]
Photo: Kiyonori Hasegawa

この人を聴け


クライマックスは二人の老人が手を取り合って涙にくれる二重唱で訪れる。劇的に気持ちを変える老人こそフィエスコだ。バスの声はバリトンに増して、深い。

穏やかな海で始まり穏やかな海で終わるオペラのまん中で、アメリアは美しい海の賛歌というべき「暁に星と海はほほえみ」を歌う。シモンの娘にしてフィエスコの孫であるアメリアは和解の象徴だが、海の象徴でもある。

鍵言葉キーワード

海の香りでいっぱいのオペラはジェノヴァを舞台にしている。そしてもうひとつの海の都ヴェネツィアの劇場で世に出た。
このオペラは二人の父の物語でもある。フィエスコはプロローグで娘を失って嘆き、終幕で孫娘と再会して喜ぶ。シモンは第1幕で娘と再会する。
和解 皇帝派と教皇派、貴族派と平民派というようにやたらと対立する時代だった。和解は夢だったから、これは夢のオペラというわけだ。そして今でも夢のオペラのままだ。
共和国議会 第2幕第2場は緊迫したジェノヴァ共和国議会の場だ。豪華な舞台になることが多いが、この時代ジェノヴァは莫大な富をたくわえた国家だったのだ。

監修:堀内修