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2021/08/18(水)Vol.428

少女は欲望を満たした
〜危険な少女と聖人と絢爛たる言葉のオペラ『サロメ』
2021/08/18(水)
2021年08月18日号
オペラはなにがおもしろい
特集

少女は欲望を満たした
〜危険な少女と聖人と絢爛たる言葉のオペラ『サロメ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • キスしたい! 王女サロメは捕われの預言者ヨカナーンに欲望を抱いた。だが預言者はサロメの願いを拒む。サロメは目的をかなえる道を見い出す。それは継父であるユダヤの領主ヘロデ王の求めに応じて踊ることだった。踊れば望みのものをやろう、というヘロデの言葉を聞いて、サロメは踊った。報酬としてサロメが望んだのはヨカナーンの首だった。拒絶できない預言者に、サロメはキスした。
  • R.シュトラウス作曲、ワイルド作詞(ラッハマンによるドイツ語訳)全1幕、ドイツ語/1905年、ドレスデン宮廷歌劇場初演

聴いてびっくり


野に咲く百合のように白いと、サロメはヨカナーンの肌を賛美する。ヨカナーンにさがれ! と言われると、今度は忌まわしく、白く塗った墓みたいだと罵る。サロメと預言者のやりとりは、言葉も音楽もスリリングで、聴く者をゾクゾクさせる。オスカー・ワイルドの詞とR.シュトラウスの音楽は、ここで恐るべき効果を生んでいる。文学オペラ『サロメ』の醍醐味だ。

見てびっくり


サロメが最後に歌うモノローグは、これが100年以上前のオペラだなんて信じられないくらい激烈で刺激的だ。でも、この歌をコンサートで聴くと、どこか物足りないのに気づく。この歌はやっぱりサロメがヨカナーンの首を抱いて歌ってこそ、なのだ。血まみれの首を抱いて歌ったサロメが、ついにその首にキスする。愛の成就の、こんなに陶酔的な瞬間は、ほかでは味わえない。

ヘロデ王がどんなになだめてもサロメの要求は変わらなかった。地下牢へ降りる役人の手には首を切る剣と首を載せる銀の大皿がある。

サロメの賛美と悪罵がヨカナーンの絶対の拒絶とぶつかり合ううちに、奇怪な「愛」が育まれていく。

[ウィーン国立歌劇場2012年日本公演『サロメ』より]
Photos: Kiyonori Hasegawa

この人を聴け


冒頭でサロメに恋し、絶望して自害する若いシリア人ナラボートは、脇役あるいは端役に過ぎないかもしれない。若いテノールが歌うことの多いこの役は、妙に印象的で、サロメがまったく気にとめない分、客席から注目される。のちに人気になるテノールが歌うことが多いので、要注意なのだ。このオペラで愛のために死ぬのは、サロメともうひとり、サロメに愛を捧げたナラボートだ。

鍵言葉キーワード

7つのヴェールの踊り 「踊ってくれ!」ヘロデ王に懇願されたサロメが踊るのが「7つのヴェールの踊り」で、1枚ずつヴェールを取りながら踊る。もちろん『サロメ』の見どころだし、言葉が途切れる舞曲はシュトラウスの音楽の聴きどころにもなっている。
禁じられたオペラ 上演禁止! いけません! 20世紀の初頭、少女がストリップするわ、生首が出るわの不道徳なオペラ『サロメ』は初演前から悪評で、ウィーンやロンドンではしばらく上演できなかった。聴いたドイツ皇帝も作者に苦情を言ったくらい。だが、それなら聴いてみたい観てみたいという客が劇場に殺到し、『サロメ』は大成功を収める。シュトラウスは豪邸を建てた。
聖人 もとになっているのは新約聖書に出てくるエピソードで、ヨカナーンは洗礼者ヨハネのこと。聖人をこのように登場させるのはけしからん、という非難も起こった。
文学オペラ オペラの台本は原作から台本作家が作り上げるものだった。ところが『サロメ』は、カットしてあるとはいえ、ワイルドの戯曲をそのままオペラの台本にしている。ここから「文学オペラ」のブームが起こった。

監修:堀内修