オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
気が動転している、なんてものじゃない。愛する娘を取り戻そうとするリゴレットはありとあらゆる感情を放出させる。どこにいるのだ?返せ! 取り巻く廷臣たちに、怒り、罵るかと思うと、すがり、涙を流す。どんなことをしても娘を助け出したいのだ。その歌の激しさといったら.....。そしてジルダが現れる。涙ながらにいきさつを語り、父親が悲痛な思いでジルダを、そしてその歌を、抱きしめる。最後の爆発は復讐の決意表明だ。殺意が暴走する。歌が危険な一線を超えたところで第2幕の幕が降りる。『リゴレット』第2幕の後半は恐るべき興奮とともに進む。ヴェルディ・バリトンの力が最大に発揮され、歌とドラマが聴く者に襲いかかる。心臓が心配な人は用心して聴かなくてはならない。
オペラ好きなら、いやオペラ好きじゃなくたって、マントヴァ公が歌う「女心の歌」はきっと知っている。テノールの名アリアだが、オペラの中で歌われる時には、美しいアリアという以上の効果を発揮する。まず、歌われるのは第3幕で、これからお愉しみ、という時なのだが、その後でもう一度、リゴレットが袋に入った死体を受け取った後で聴こえてくる。死んだはずなのに.....ではこの死体は誰だ? 美しいテノールのアリアは、ぞっとするような歌にもなる。また、歌うマントヴァ公は悪人なのに、アリアはすこぶる魅力的だから、マントヴァ公は悪人であり魅力的な男ということになる。オペラ『リゴレット』で複雑な人物はリゴレットだけじゃない。ジルダは愛した男に陵辱され、その正体を知りながらその相手に命を捧げる。マントヴァ公もただの能天気な悪人ではないのが、実はこの歌でわかる。
娘をマントヴァ公にもて遊ばれて苦悩するモンテローネ伯爵を無遠慮に嘲笑い、伯爵に呪われてしまったリゴレットだが、さすがに呪われたのを気にかけて帰途につく。そこで出会うのが殺し屋スパラフチーレだ。暗がりで、殺しのご用がある時は引き受ける、なんて物騒な声をかけてくるのだから、並の歌であるはずがない。華麗な歌や目覚ましい歌で満たされたこのオペラの中で、異彩を放っているのが、第1幕のリゴレットとスパラフチーレの二重唱だ。歌うのがバリトンとバスということもあるけれど、なんとも陰鬱な二重唱が繰り広げられる。この二重唱の後、リゴレットは、あいつは剣で人を殺し、自分は舌で人を殺すと歌うのだが、確かに二重唱で2人の歌は共振している。派手ではないがよく聴くと凄い。スパラフチーレはニヒルな殺し屋の魅力を発散している。
呪い | 「呪いだ!」というリゴレットの言葉で全曲が終る。『リゴレット』はモンテローネの呪いが実現してしまうオペラだ。 |
マントヴァ | ヴィクトル・ユゴーの原作の舞台はフランスだが、差し障りがあるのでフランス王をイタリアの公爵に変え、場所をマントヴァに移した。でもいまマントヴァにはちゃんと「リゴレットの家」がある。 |
道化 | 宮廷の道化は、辛辣な言葉で人を笑わせ、怒らせるのが仕事だった。リゴレットは特異な人物でなく、有能で仕事に熱心だったわけだ。 |
ヒット・ソング | 人気になるのがわかっていたヴェルディは、初演前に歌が知られてしまわないよう練習を管理し、楽譜も持ち出せないようにした。それでも初演前、ヴェネツィアの街では「女心の歌」が聞こえていたそうな。 |
監修:堀内修
NBSの〈旬の名歌手シリーズⅢ〉に登場するリセット・オロペサとルカ・サルシ。ジルダ役はオロペサの、リゴレット役はルカ・サルシの当たり役です。優れたヴェルディ・バリトンの異名をもつサルシは、自身も「ヴェルディのオペラは最も好きなもので、最も敬愛する特別なもの」と語っています。リゴレット最大の聴かせどころ「悪魔め!鬼め!」は、2回のコンサートの両方にプログラムされています。また、9月23日(金・祝)のコンサートでは、ジルダとリゴレットの二重唱が聴けます。マントヴァ公の正体を知りながらも自分の想いを打ち明けるジルダと、愛する娘のへの悲痛な想いと怒りに燃えるリゴレットの二重唱。オロペサとサルシは、これまでに実際の舞台でも共演を行っていることもあり、迫真の二重唱が期待されています。