2022/09/21(水)Vol.454
2022/09/21(水) | |
2022年09月21日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
オルフェオは2度嘆く。嘆きの歌を歌う。オルフェオこそ歌の神で、オペラの守護神なのだから、効き目は絶大だ。2度とも愛の神が現れる。歌の威力が最高に発揮されるのは2度目の歌だ。「エウリディーチェなしに私はどうしたらいいのか?」(日本でも「我エウリディーチェを失えり」として明治のころから知られていた)は、歌の力が二重の困難を克服する。死者をよみがえらせる困難と、自分の失敗を赦してもらわなければならない困難だ。オルフェオは成し遂げる。というより作曲者グルックは、これこそがオペラの歌の原点だというメッセージを見事に伝える。オペラは深い悲しみで神々を動かす歌の力の上に作られている。
三途の川を越えるとそこは冥界だ。誰でも一度は行くことになっているが、帰ってきた人は.....数えるほどしかいない。だからたいていの人はどんなところか知らないのだが、『オルフェオとエウリディーチェ』の第2幕を見れば知ることができる。亡くなったエウリディーチェが憩っている冥界は楽園だ。初めて見たオルフェオは「なんと澄み切った空」とその感動を歌う。美しい精霊たちが踊っていて、失った妻エウリディーチェもいるのだから、オルフェオは舞い上がってしまうのも無理はない。オルフェオと一緒に、オペラを愉しむ人だって、はじめての冥界、はじめての楽園に浮き浮きしてしまう。問題はここに住みたい、せめて長逗留したいと願うことだが、オルフェオは意志を変えず、エウリディーチェを連れて出発する。『オルフェオとエウリディーチェ』にはウィーン版とパリ版があるのだが、音楽や踊りでよりゴージャスなのはパリ版のほう。
心地良いのはなんといっても愛の神=アモーレの歌だ。困った時に、といっても妻を愛しているという大前提だが、アモーレは現れ、オルフェオの願いを聞き届けてくれる。しかも2度だ。妻を失って嘆くオルフェオの前に最初に現れる時は、よく聴くと自分自身、つまりアモーレとしてではなく、主神ユピテル(=ゼウス)の使いとして現れた。ユピテルがオルフェオの悲しみに同情し、アモーレを遣わしたのだ。だが2度目の、冥界脱出の折に振り向いて妻を失った時に現れたアモーレは、もうユピテルの名を出さない。愛の神自身が判断している。オルフェオの2度目の嘆きの歌が動かしたのは神々でなく、アモーレだった。
レーテー | オルフェオがアモーレの助けで生きたまま往復できたのがこの川だ。日本語ではわかり易いように「三途の川」と訳すが、ギリシア神話の冥界を囲んで流れる5つの川の一つ。この川の水を飲むとすべてを忘れる。 |
復讐の女神&亡霊たち | 冥界へ向かうオルフェオの行く手を阻むのは、このオペラでは三途の川の渡し守カロンテではなく、復讐の女神や亡霊だが、合唱が代弁する。だがオルフェオが歌によってこの危機を乗り越えるのはモンテヴェルディの『オルフェオ』と同じだ。 |
冥界 | エウリディーチェが死後暮らしているのは楽園だが、川を渡った先、つまり冥界にある。 |
振り向く | アモーレから禁じられたオルフェオは妻を見ることができない。だが妻の懇願で振り向く。オルフェオの嘆きだけでなくエウリディーチェの嘆きにも、人を振り向かせる力があった。 |
監修:堀内修
クリストフ-ヴィリバルト-グルック(1714~1787)はオペラの改革者だった。歌の技を愛でる娯楽に墮していた当時のオペラに本来の力を取り戻そうとした。『オルフェオとエウリディーチェ』、オペラとはこういうものだという改革宣言だったのだ。オペラは喪失の悲しみと歌による回復のドラマを取り戻す。モーツァルトもワーグナーもその影響を受けている。