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2022/10/19(水)Vol.456

シチリアの死はオレンジの香り
〜マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』
2022/10/19(水)
2022年10月19日号
オペラはなにがおもしろい
特集

シチリアの死はオレンジの香り
〜マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • 兵役に行っているあいだに恋人が結婚してしまった。新しい恋人ができたのだから、忘れればよかったのだけれど、トゥリッドゥは人妻になった元の恋人のもとにこっそり通いはじめた。シチリアの小さな村なので、無事では済まない。今の恋人サントゥッツァはなじるが、トゥリッドゥは反省する気配を見せない。腹を立てたサントゥッツァは、恋敵である人妻の夫に事実を告げてしまった。復活祭は呪われた。元恋人の夫との決闘が行われることになった。母に別れを告げ、決闘に出向いたトゥリッドウを待っていたのは死だった。
  • マスカーニ作曲、タルジョーニ=トッツェッティおよびメナッシ作詞 全1幕、イタリア語/1890年、ローマ、コスタンツィ劇場初演

見てびっくり


復活祭のミサが行われている村の教会の前で2人は出くわす。ここで始まる二重唱が凄い。嫉妬し、責めるサントゥッツァにトゥリッドゥは焦ら立つ。自分が悪いのは百も承知だが、素直に言うことなど聞けない。鬱陶しくなり、拒絶する。責めるサントゥッツァが、今度は泣き落としにかかる。トゥリッドゥは余計いらいらしてくる。ありふれた男女の争いが緊迫したオペラのクライマックスになるのだから凄い。客席にいる経験者・・・はトゥリッドゥになって恐れおののいたり、サントゥッツァになって絶望と怒りに身を震わせたりするはず。「呪われた復活祭になるがいい!」とサントゥッツァが叫んだ後、むしろホッとするくらいなのが、このオペラのすぐれた上演なのではないか。

聴いてびっくり


決闘に出かける前、トゥリッドゥは母親に歌いかける。「母さん、この酒は強いね」。当然トゥリッドゥは酔っている。杯を重ねたと歌ってもいる。でもこの歌が酔って歌われていると感じられる上演にお目にかかることはない。もしものことがあったらサントゥッツァを頼むという歌は、明らかに別れの歌だ。歌っているトゥリッドゥには自分が命を落とすとわかっている。息子が母親に歌う思いつめた歌は、こわい。

この人を聴け


サントゥッツァがトゥリッドゥの母親に訴えかける「ママも知る通り」、ママならできれば聴きたくない歌だ。息子が元の恋人を忘れられず、どうやら最近よりを戻したらしいと言われたって、どうすることもできない。まして自分は傷つき、涙にくれているのですと訴えられても、どう慰めていいかわからない。実際聞き終えた母親は、聖母マリアに祈るほかなくなる。訴えが切実であればあるほど、母親だけでなく、客席にいる者も困り果てる。舞台に上がってトゥリッドゥに説教したって、聞くはずがないのは目に見えている。困り果てるだけじゃない。うまく歌われれば歌われるほど、後退りしたくなる。切実な悩みの歌もこわい。

鍵言葉キーワード

シチリア 『カヴァレリア・ルスティカーナ』は「シチリアーナ」で始まる。シチリア島の舞曲のリズムが美しい風景に結びつく。これはシチリアのオペラだ。
復活祭 事件は復活祭の日に起る。ドイツの復活祭はまだ春の兆しがあるくらいだが、シチリアは違う。春の盛りで花が咲き乱れている。惨劇は花香るシチリアの春に起る。
オレンジ シチリアの復活祭で香るのが何の花かというと、それはオレンジだ。幕開け後に村人たちが讃えるのは、「オレンジが香り、ひばりが花咲くミルトの木々で歌う」春だ。
居酒屋 オペラの舞台はトゥリッドゥの母親がやっている居酒屋だ。村の男たちはこぞってこの店にやってくる。
ワイン 銘柄は定かではないけれど、村人が楽しみにしているのは居酒屋に置いてあるワインだ。トゥリッドゥを決闘で殺すことになる馬車屋のアルフィオも、あの古いワインはまだあるか?と尋ねている。このワイン、トゥリッドゥが近くの町で仕入れてくるようだ。
シチリアの女 ドイツの女とは立ち方からして違う。演出家・映画監督のリリアーナ・カヴァーニから教えられた、と語ったのは日本でサントゥッツァを歌ったことのあるメゾ・ソプラノ、ワルトラウト・マイヤーだ。確かにマイヤーのサントゥッツァの、二重唱でのすがり方は尋常じゃなかった。立ち方からしてシチリアの女だったのだ。

監修:堀内修