オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
いよっ、待ってました! 夜の女王が歌う2つのアリアは、どちらも歌う前から声をかけたくなるくらいめざましい。おっかなさからいえば第2幕で本性を露わにした夜の女王が、パミーナに「これでザラストロを殺せ!」と短剣を渡して歌うアリアだ。聴けば身がすくむほど恐ろしい。でも複雑さからいうなら第1幕の登場のアリアだろう。登場するだけでも見ごたえ十分なのだが、きらめく高音と星々を飛び回るような声の技を使って歌うと、タミーノじゃなくたって言いなりになる。娘を奪われた母の苦悩に心を動かされ、救い出してくれという懇願に身体も動かしそうになるはずだ。しかも後でわかるように、夜の女王は本当は悪人で、娘にザラストロを殺させようとしているのだから、並のアリアじゃない。昔は高音が難しく、歌えるソプラノは少ないと言われていたのだが、いまは多くの歌手が歌いこなす。それでも高度なコロラトゥーラの技を駆使する歌は驚嘆に価する。
パミーナとタミーノが無事に試練を終えて結ばれた後に、まるでおまけのようにパパゲーノがパパゲーナを見出す場面が続く。ところがこのおまけこそが『魔笛』の白眉ともいるべき場面だ。まず恋人に出会えないパパゲーノの嘆きの歌が悲し気で可愛気に歌われる。絶望して首を吊ろうとしたところに3人の童子が現れ、鈴を鳴らすよう忠告する。鈴の音に導かれて始まる歌の、なんと魅力的なことだろう。パパゲーノとパパゲーナが互いに「パ・パ・パ!」「パ・パ・パ・パ!」と呼びかけるだけで、世界は幸福感に満たされる。単純な愛の歌は、オペラにおける最高の愛の幸福の歌でもある。
夜の女王はどの上演でもとても印象的に登場する.そしてさらに印象的に歌う
『魔笛』(バイエルン国立歌劇場2017年日本公演)
Photo: Kiyonori Hasegawa
微かな歌の変化が劇的な緊迫感を生む。モーツァルトの天才的な技が発揮されるのが、第2幕でパミーナ、タミーノ、ザラストロが歌う三重唱だ。試練を与えるザラストロは、この後で2人は喜びの再会を果たせると保証する。タミーノは試練に挑もうと勇気凜々、気分を高揚させている。一方パミーナは心配している。タミーノはザラストロを信じ、ザラストロは成功まちがいなしと言うが、悪い予感がする。死の危機が迫っているのではないだろうか? 怖れと勇気と確信が織り上げられ、オペラの緊張感が、長くない三重唱の進行とともに、どんどん凝縮されていく。ここで『魔笛』が楽しいメルヒェン・オペラの枠を越えて高められる。
メルヒェン | おとぎ話、それも途中で善悪が逆転してしまう、ヘンなおとぎ話だが、『魔笛』は深遠なオペラにも見える。 |
教団 | ザラストロはちょっとあやしい教団を率いている。 |
フリーメーソン | モーツァルト自身が入団していたフリーメーソンの思想を反映しているのが知られている。 |
鳥刺し | パパゲーノは鳥を捕まえて夜の女王に渡す鳥刺しだ。初演以来鳥のかっこうをするのが定番になっていた。当然パパゲーナも鳥の衣裳で、2人あるいは二羽は対になっている。 |
大蛇 | 『魔笛』は王子タミーノが大蛇に追いかけられる場面から始まる。蛇はやたらに大きいことが多い。やっつけることができるのは夜の女王の3人の侍女くらい。 |
魔法の笛 | タイトルになっている魔笛......魔法の笛は役に立つ。笛の音を聴くと動物たちが聴き入ってしまうのだ。 |
魔法の鈴= グロッケンシュピール |
パパゲーノがもらったグロッケンシュピール(複数の小さな鈴が付いている)はさらに役立つ。鳴らせば悪人たちは踊り出し、恋人が姿を現す。 |
パンの笛 | パパゲーノが携えているもうひとつの楽器が、小さな笛を束ねたパンの笛だ。吹けばパパゲーノの居場所がわかる。 |
試練 | タミーノとパミーナは火と水の試練を受ける。タミーノとパパゲーノが受けるのは沈黙の試練だが、パパゲーノが合格するのは難しい。 |
F | 夜の女王が歌うアリアの高音はハイFに達する。歌うソプラノに「無理!」と言われたモーツァルトが、その音に達したところでポンとお尻を叩いたら出た、と伝わっている。 |
監修:堀内修