オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
第4幕でロラン神父の計画を受け入れたジュリエットが仮死の薬を飲む。怖れ、ためらった後、ジュリエットはついに「ロメオ! あなたのために飲むわ!」と薬を飲む。本当に死ぬかもしれないし、計画がうまくいかないかもしれない。ジュリエットが怖れ、ためらうのも無理はない。しかもジュリエットはあふれる生気をもて余しているような娘だ。第1幕には「私は生きたいの!」という喜びみなぎる歌を歌って登場している。それでも愛するロメオのため、無謀な計画を実行しようと、気持ちを高めていく。歌は切羽つまったジュリエットが不安を抑え込むのに合わせるように、高みへと登っていく。歌の力と演技力を備えたソプラノが歌う時に限られるのだけれど、このアリアは、オペラがシェイクスピアの芝居を上回る高揚感をもたらす瞬間を、聴く者に教えてくれる。
シェイクスピアの原作では、薬の効き目が解けてジュリエットが目を覚ました時、ロメオはすでに息絶えている。でもグノーのオペラでは、この時まだロメオは生きている。ロメオが毒を仰ってから2人が死ぬまでのわずかな時間に歌われる二重唱こそが、オペラ『ロメオとジュリエット』の頂点だ。もう取り返しがつかない。薬が効いてロメオはすぐに絶命するはずだ。2人は絶望する。だが絶望は2人でいられる甘美な時の喜びへと変わっていく。第2幕で味わった愛の幸福の音楽が戻ってくると、二重唱は愛と死の恍惚で満たされる。「一緒に死ねるかぎりない喜び」が訪れる。一同が集まっての嘆きの言葉はなく、オペラは愛と死の喜びで幕を下ろす。
夜、キャピュレット家の庭園に入り込んだロメオが、バルコニーのあるジュリエットの部屋の窓を見ながら歌い始める。「恋よ、恋よ」いくら名人でも若くないテノールが歌うのは難しい。これは血気盛んな若者の歌だ。歌は「太陽よ、昇れ!」と歌うところで高まっていく。興奮が抑えられない、というように。そのかわり、若くて歌唱力のあるテノールが歌う時の効果は絶大だ。夜こっそり会いに来ているのだから、太陽よ昇れ! なんて歌うのはちょっとおかしいように思えるが、歌い方で聴く者を納得させてしまう。雲よ月の光を隠せ、なんてもっともらしく歌うより、燃え上がる気持ちをまっすぐに歌うべき歌なのだ。照らされるべきはジュリエットの光輝く美しさだが、ロメオがその光を求めている。恋に夢中な男は、人が来ようがかまわないと思っている。テノールが破目をはずして歌うべき若いロメオは無鉄砲な魅力を備えている。だからこそ、この後に続くロメオとジュリエットの愛の二重唱が甘くなる。
シェイクスピア | いうまでもなく原作はシェイクスピアの傑作だ。同じ原作でたくさんのオペラやバレエや映画が作られているが、グノーのオペラはとりわけ人気がある。 |
グランド・オペラ | 『ロメオとジュリエット』はフランス・グランド・オペラの体裁をとっている。5幕だし、バレエもある。 |
ヴェローナ | 現在の上演ではあまりこだわらないが、14世紀のヴェローナが舞台になっている。ちなみにヴェローナにはジュリエットの家もバルコニーもある。 |
霊廟 | ヴェローナは真ん中に立派な霊廟がある、霊廟のメッカみたいな街だ。若い恋人たちの悲劇が起こるキャピュレット家の霊廟も、きっと立派だった。 |
クスリ | ジュリエットが飲むのは一時的に仮死状態になるが、やがて息を吹き返すというクスリだ。効く。霊廟でロメオもこのクスリを飲めばよかったのだが.....。 |
監修:堀内修