2023/07/05(水)Vol.473
2023/07/05(水) | |
2023年07月05日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
●ロマの人々の居留地で、仲間に囲まれてアズチェーナが「炎が燃えて」と歌い出す。物語られるのはかつて起こった恐ろしい火刑の情景だ。歌はこのオペラの核心である暗い情念の世界へと降りていく。
●バリトンの歌う最も美しい歌かもしれない。ルーナ伯爵が第2幕でレオノーラを想いながら「君の微笑みは」と歌う。これから修道院に入ろうとする相手をさらうつもりなのだから、あぶなく、同時に情熱的な歌になるのも当然というもの。魅力的なバリトンが歌う時、もしこの歌をレオノーラが耳にしていたら、喜んで伯爵にさらわれるだろうと思う人が続出する。
●テノールが歌う最も激烈な歌であるのはまちがいない。いよいよ愛するレオノーラと結ばれる。婚礼が進んでいるまさにその時、母親が捕らえられたという報告が入る。激昂したマンリーコが「見よ、恐ろしい火を」と歌い出す。マンリーコには火刑台で燃える火がまざまざと見えている。剣を取って救出に行くほかない。人々は固唾を飲んでテノールが最高音へと駆け上がるのを見守る。
●アズチェーナに続いてマンリーコも捕らえられてしまった。恋するマンリーコがいるはずの城の外でレオノーラは「恋はばら色の翼に乗って」を歌う。悲しみの吐息よ、ばら色の恋の翼に乗って、捕らわれた人のつらい気持ちを慰めて。だが歌には自分の心の苦しさを告げてくれるなという気持ちも付け加えられる。すでに命を捧げる覚悟はできているのだ。ここでも甘美な愛の歌は暗い死の影を帯びている。
●なまぬるいのは願い下げ。三角関係もこれくらい激しければ、びっくりしがいがある。暗がりで、恋する吟遊詩人の声を聴いていたレオノーラが駆け寄ったのはルーナ伯爵だった。すぐにマンリーコが現れて、事態は緊迫する。第1幕をしめくくる三重唱は、これぞ三角関係の極みといった恐るべき状況を生み出す。なんとか収めるためには幕をおろすしかない。『イル・トロヴァトーレ』第1幕は、幕がおりて安心する稀れな幕だ。
●マンリーコの命を助けてくれたら自分自身をさし出す。レオノーラの提案にルーナ伯爵は夢だろうか?と喜ぶ。音楽が伯爵の喜びを描き出している時に、レオノーラは秘かに毒を仰ぐ。レオノーラがマンリーコを救うために命をさし出した。その時二重唱は喜びと命がけの行為との二重の興奮で異様に高まる。
第2幕はロマの人たちが鉄床をたたき、鉄の道具を鍛えながら歌う「アンヴィル・コーラス」で始まる。「見てごらん、大空が暗い夜の衣を脱いでいる!」。山の中の夜明けなのだ。鉄をたたくにぎやかな金属音と、力強い声とがこのオペラの驚くべき活力と直結している。夜のオペラというべき『イル・トロヴァトーレ』の夜明けの音楽なのだが、この後
でアズチェーナが「炎は燃えて」と暗い物語を歌い出すことになる。
夜 | 幕開けは夜の城門で、レオノーラが登場するのは夜の城内と、夜の場面が続く。『イル・トロヴァトーレ』は夜のオペラだ。 |
火 | 夜にはかがり火が必要になる。火刑台も? アズチェーナは「炎は燃えて」と歌い、マンリーコは「見よ、恐ろしい火を」と歌う。『イル・トロヴァトーレ』は火のオペラだ。 |
火刑 | アズチェーナの母は火あぶりにされた。アズチェーナ本人も火あぶりにされる。 |
吟遊詩人 | トロヴァトーレとは吟遊詩人のこと。マンリーコは詩を歌う騎士だ。 |
恋をする | レオノーラは最初のアリア「穏やかな夜に」でマンリーコへの恋を語る。馬上槍試合で勝った騎士が吟遊詩人で、ある夜リュートを弾きながら愛の詩を歌ってくれた。レオノーラは恋をした。 |
激しく恋をする | レオノーラは毒をあおる。伯爵とマンリーコは決闘し、恋する相手をさらおうとする。マンリーコは敵地に乗り込み、伯爵はマンリーコを処刑する。3人の恋の仕方は尋常じゃない。 |
ロマ | アズチェーナとその仲間たちはロマの一団だ。いまは使われないが、かつては「ジプシー」と呼ばれていた放浪の民族のこと。 |
兄と弟 | マンリーコとルーナ伯爵は実は兄弟だ。夜レオノーラが相手をまちがえるのも無理はない。 |
監修:堀内修