2023/11/01(水)Vol.481
2023/11/01(水) | |
2023年11月01日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
(『ホフマン物語』は未完のオペラで、いくつもの版がある。上演もさまざまで、プロローグ・エピローグ付き3幕版もあるが、ここでは5幕版で話を進める)
●第2幕でオランピアが歌う「森の小鳥が生け垣で」の歌は、いつも聴く者をびっくりさせる。人間技とは思えない超絶技巧に息を呑んだ後、その歌に感情がまるっきりこもっていないことに驚く。それもそのはず、オランピアは人間ではなく自動人形なのだ。感情などあるはずはない。といっても歌うのは人間のソプラノなのだが、腕によりをかけて高音を張り、声を軽やかにころがす。オペラの歌の中でも特異な、空虚で技巧だけの歌の面白さを、心ゆくまで楽しめるはずだ。
●第3幕で怪人ミラクル博士が病弱なアントニアに何度も歌うよううながす。拒絶するアントニアだが、名歌手だった母親の亡霊が現われて娘に迫ると、とうとう歌い出す。命にかかわるからと固く歌を止められていたアントニアがついに歌い始めると、堰を切ったように陶酔的な歌があふれ出す。禁を破って奔流のように流れ出し、やがてアントニアを死に至らしめる三重唱の、なんと甘美なことだろう。
●第1幕で酔っ払ったホフマンが、学生たちにうながされて歌うのが「クラインザックの歌」だ。昔アイゼナッハの宮廷にクラインザックという小さい男がいたと、クラインザックの物語を語る。とても調子のいい歌で、一緒に口ずさみたくなるくらいなのだが、決して明るい歌でなく、悲しげで自嘲的な色調を帯びている。この歌でホフマンという主人公と、「ホフマン物語」というオペラの色合いがわかる。一杯飲んで、皆にはやしたてられながら歌う愉快な歌ではあるのだけれど、それだけには終わらない。
●魅力的なヴェネツィアの娼婦ジュリエッタに早く逃げるよう勧められたホフマンが、未練たっぷりにロマンスを歌う。それから始まる第4幕の二重唱は、ヴェネツィアのエピソードにふさわしい情熱と緊迫感がみなぎっている。この歌のすぐ後に、ジュリエッタがホフマンの影を奪い取るのだから、背徳的でもあり、その背徳が独得な雰囲気を作ってもいる。
●日本でも昔からよく知られている「ホフマンの舟歌」は、第4幕、ヴェネツィアの場のテーマソングだ。小さな波を立てて舟が進んでいくような、一瞬でここはヴェネツィアだとわかる歌で、ハミングの合唱を従えてジュリエッタとニクラウスの二重唱で歌われることが多い。幕が開いていくらもたたないうち、この歌でヴェネツィアの夜の、官能的な世界に、聴く者は誘い込まれる。
●オペラのしめくくりは、ホフマンの友人ニクラウスから元の姿に戻ったミューズによって歌われる(版によっては語られる)このオペラの主題がここで明らかにされる。「恋によって人は立派になり、涙によってもっと立派になる!」。
オペラ | オペレッタで大成功したオッフェンバックだが、本当に作りたかったのはオペラだった。念願のオペラを完成させる直前、オッフェンバックの命は尽きた。 |
未完のオペラ | 未完の上、いろいろな事情で楽譜が散逸し、『ホフマン物語』には決定稿がない。最新の版は5幕のケイ=ケック版だが、独自の上演も少なくない。 |
4人の女性 | オランピア、アントニア、ジュリエッタと求められる声質の異なる3人の女性が登場するが、1人のソプラノが歌う上演もある。時にはもう1人の女性ステラも加わる。 |
怪人 | コッペリウス、ミラクル博士、ダペルトゥットとそれぞれの幕に怪人が登場するが、こちらは1人のバリトンが歌う上演が多い。 |
自動人形 | オランピアはオペラでは珍しい人間以外の登場人物?だ。 |
オムニバス | 5幕上演でもプロローグ・エピローグ付き3幕上演でも、これはオムニバス形式のオペラだ。 |
ホフマン | 原作はドイツの作家E.T.A.ホフマンで、物語のエピソードはいずれもその小説からとられている。 |
眼鏡 | 第2幕でホフマンがコッペリウスから売りつけられる眼鏡は、どうやら自動人形が人間のように見える機能があるらしい。 |
ダイヤモンド | 第4幕でダペルトゥットが歌う「輝けダイヤモンド」は、オリジナルにはないのだが、いまも歌われることが多い。 |
影と鏡 | 第4幕でホフマンが奪われるのは「影」だが、鏡に映らなくなる「鏡像」でもある。 |
酒 | オペラは酒の精の合唱で始まる。ミューズが現われるのは酒樽から。第4幕ではホフマンが「酒盛りの歌」を歌う。『ホフマン物語』は酒のオペラだ。 |
都市巡り | 第3幕はミュンヘンで、第4幕はヴェネツィアだから、『ホフマン物語』は都市巡りのオペラでもある。 |
監修:堀内修