2024/01/10(水)Vol.485
2024/01/10(水) | |
2024年01月10日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
名を知らぬ若者=カラフの名を知ろうと、トゥーランドットは北京の町に御触れを出した。名がわかるまで、誰も寝てはならないというのだ。第3幕は北京の人々が言い交わす布告の声で始まる。夜のしじまに恐れる群衆の声が流れていく。それを聞いていたカラフが御触れの言葉をくり返し、「誰も寝てはならぬ」のアリアが始まる。その歌は第2幕の幕切れですでに予告されていた。さあ、次はこれが始まるぞ! 北京の人々も客席も待ちかまえている。テノールの歌うオペラ・アリアの最も有名な歌が、ゆっくりと始まる。おお、冷たい部屋で震える姫君よ.....。カラフは確信している。夜よ消え去れ、私は勝利する! 歌はどこまでも高まる。おとなしい版だってあるのだけれど、皆が待ち望むのは声の頂上を極める歌だ。クライマックスの高音が決まるといつも、劇場は興奮に包まれる。
カラフの歌う「誰も寝てはならぬ」がオペラの頂点ではない。『トゥーランドット』はこの後さらにドラマの頂点へと向かっていく。トゥーランドットが王子の名を知っているはずのリューを捕らえ、責め立てる場面だ。リューが自害して果てるこの場面は「リューの死」として知られている。怖しい中国の役人たちに責められても、リューは王子の名を明かさない。その強さに驚いたトゥーランドットが強さの理由を訪ねる。「それは愛です」と答えたリューが歌い出す。「氷に包まれた姫君も」は、死を決意したリューの、自己犠牲の歌だ。思いつめたリューの高揚は愛と死の一致で終りを迎える。第1幕でカラフへの愛を歌ったリューは、報われないまま一方的な愛を絶ち切る。大オペラ作家プッチーニが完成させた最後の場面となった「リューの死」は、凄絶な美を堪えている。
ついにトゥーランドットとカラフは結ばれ、「愛の二重唱」でオペラの幕がおりる。
『トゥーランドット』(英国ロイヤル・オペラ公演より)
Photo: Tristram Kenton / ROH
このオペラのタイトル・ロールであるトゥーランドットは、第1幕ではまったく歌わない。チラリと姿を見せるだけ。オペラなのにカラフは声も聴かずに求婚するわけだ。第2幕に入ってもトゥーランドットはなかなか歌わない。3人の大臣、ピン、パン、ポンの歌は愉快なだけでなく、味わいもあって、なかなかの聴きものなのだが、その歌のあいだにも氷のような姫君の登場を待つ気持ちが高まっていく。そして遂にトゥーランドットが現れる。多くの上演で登場するのは舞台の奥まった高い場所だ。いよいよ主役が歌い出す。「この宮殿で千年前に」と歌うのは、姫がなぜ求婚者を3つの謎で試そうとしているかの理由だ。千年前この宮殿にいたロウリン姫の物語が歌われる。王国が敗れて異国に連れ去られた昔の姫の悲しみが、トゥーランドットの残忍さの原点だった。強力な声と高音とを必要とする歌は、イタリア・オペラ屈指のヒロインの登場にふさわしい。至難の歌であるこのアリアを歌って、トゥーランドットは北京の人々だけでなく、客席をも支配する。
未完 | 『トゥーランドット』は未完のオペラだ。「リューの死」まで作り終えたプッチーニは、手術のため作曲を中断するが、1924年11月死去した。 |
補筆 | 最後の「愛の二重唱」を補筆完成させたのはフランコ・アルファーノだった。 |
初演 | 1926年4月、トスカニーニの指揮により初演された。初日は「リューの死」までで終え、2日目に補筆完成版が上演された。 |
現在の上演 | アルファーノ補筆版が一般的だが、これにも異なった版がある。また21世紀になってベリオが補筆した結末の上演もある。 |
コンメディア・デラルテ | 原作は18世紀の作家カルロ・ゴッツィの寓話劇『トゥーランドット』で、これはいイタリアの伝統的喜劇コンメディア・デラルテの流れを汲んでいる。 |
弱い皇帝 | 中国の皇帝だからエラそうではあるのだが、その声は弱々しく、実権がトゥーランドットにあるのは明らかだ。 |
強い王女 | トゥーランドットは強い。声はドラマティックなソプラノだし、首切りも拷問も好んでいる。 |
氷 | 氷のような姫君の心が愛によって溶かされるのが本筋なのだけれど、この荒業をプッチーニは完遂できなかった。 |
優しいリュー | 怖しい王女に魅力を感じる人だっているが、より多くの人が支持するのは愛し、自己犠牲を遂げる優しいリューのほうだろう。でもリューは報われない。 |
テノールの極み | 優しいリューよりもこわいトゥーランドットに突き進むカラフは、第1幕で「泣くなリュー」のアリアも歌い、オペラのテノールの極みに達している。 |
3人の大臣 | コンメディア・デラルテの特長は、3人の大臣ピン、パン、ポンに生きている。3人の歌は滑稽なだけでなく、味わい深い。 |
群衆 | 主役たちに負けないのは北京の群衆だ。首切りをあおりたてたりするが、リューの死に心を動かされる。『トゥーランドット』は合唱のオペラでもある。 |
中国の音楽 | 『蝶々夫人』で日本の音楽を巧みに取り入れたプッチーニは、このオペラで「東天紅」など中国の音楽を取り入れている。 |
ロウリン姫 | トゥーランドットが登場のアリアで歌うのが、古代の悲運な王女ロウリン姫だ。登場はしないが氷のような心の動機になっている。 |
監修:堀内修