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NBS日本舞台芸術振興会
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2024/03/06(水)Vol.487

もう子どもを殺して自分も死ぬしかない、とノルマは決意する
〜ベッリーニ『ノルマ』
2024/03/06(水)
2024年03月06日号
オペラはなにがおもしろい
特集

もう子どもを殺して自分も死ぬしかない、とノルマは決意する
〜ベッリーニ『ノルマ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • ローマの圧政に苦しむガリア(現フランス)の人々は決起の時を待ち望んでいた。それを抑えるのはドルイド教の巫女ノルマだった。実はノルマは秘かにローマの司令官ポリオーネと愛し合い、子まで成していたのだ。だがポリオーネの気持ちはノルマを離れ、若いアダルジーザに移っていた。それを知ったノルマはいっそ子どもを殺して.....と思いつめるが、アダルジーザの説得で思いとどまる。アダルジーザが身を引こうとしてもポリオーネの気持ちは変わらない。そしてついにノルマは決意する。捕らえられたポリオーネが火刑にされる時、ノルマは人々の前で、自分こそ生け贄にされるべき裏切り者だと告げた。ノルマと、その気持ちに打たれたポリオーネは、ともに火刑場へと向かう。
  • ベッリーニ作曲、ロマーニ作詞 全2幕、イタリア語/1831年、ミラノ・スカラ座初演

聴いてびっくり


数あるオペラの中でもとりわけ美しい友愛と女声の響きが味わえるのが、第2幕のノルマとアダルジーザの二重唱だ。悲痛な思いで子どもたちを手にかけようとするノルマのところにアダルジーザがやってきて始まる二重唱で、二人の女の気持ちが変わっていく。恋敵のノルマとアダルジーザは次第に心を通わせていく。響き合う女声の得も言われぬ美しさがもたらすのは、互いに理解するのでなく、共鳴していくオペラならではの魅力だろう。重なり合う女声の響きの美は、たとえばモーツァルト『フィガロの結婚』の伯爵夫人とスザンナの二重唱で聴くことができるが、ベッリーニはこの美しい響きを最大化した。すぐれた二人の歌手が歌えば絶大な効果を発揮するが、陶然とする響きが恋敵である二人の心を一つに溶け合わせてしまう。さあローマをやっつけよう、という威勢の良い音楽で幕を開けたオペラ『ノルマ』は、ここで二人の女性が共鳴するこの上なく平和的な世界へと到達する。

見てびっくり


ドルイド教徒たちは決起した。ローマの将軍ポリオーネは捕らえられてここにいる。銅鑼を打ち鳴らし、決起を導いた巫女の長ノルマが、人々に告げる。掟を破った裏切り者を生け贄に捧げよう。生け贄はノルマ自身だった。愛を失った女の悲しみは、この時英雄的な自己犠牲に変わる。『ノルマ』全曲は増してゆく高揚感の中で、燃えるような悲劇として幕を閉じる。燃えるような、というのは音楽の比喩であるだけでなく、舞台の描写でもある。犠牲者を待ちかまえるのは燃える火だ。ノルマの気高い行動に心を動かされたポリオーネが進んでノルマとともに火に入ろうと決め、音楽的高揚は愛の成就をもその薪にする。ワーグナー『神々の黄昏』のように長くはないが、『ノルマ』の自己犠牲の幕切れは、あらゆるオペラの中でも屈指の感動をもたらす。

初演でノルマを歌ったジュディッタ・パスタを描いた絵。
(ミラノ・スカラ座所蔵)

初演でアダルジーザを歌ったジュリア・グリージの肖像。
  

この歌を聴け


ドルイド教徒たちの勇壮な合唱や、ローマの将軍ポリオーネが若い巫女アダルジーザを想って歌うアリアの後で、いよいよヒロイン、ノルマが登場する。「待ってました」と声をかけるわけにはいかないが、期待する気持ちは高まっている。人々が現れたノルマの姿を描写する。髪にはバーベナの花飾りを付け、儀式のための黄金の鎌を手に持っている。猛りたつ者たちをなだめると、静かに歌い始める。「清らかな女神よ」は、このオペラを代表するアリアであるだけでなく、19世紀前半のベルカント・オペラを代表する名アリアだろう。月に祈り、やどり木を金の鎌で刈る儀式を行ったノルマは、どうぞ和やかな気持ちをと、平和を祈る。戦いと平和のオペラにおいて、要になるのはこの平和のアリアなのだ。だが取り巻く人々の願いを受け、歌が穏やかな部分(=カヴァティーナ)から、速く激しい部分(=カバレッタ)にかかると気分は一転する。劇的な力がみなぎってきて、歌は戦闘的になる。この名アリアは平和で穏やかな美とともに劇的で激しい感情を備えている。美しく繊細な表現と、技巧的で強力な表現の両方でもある。

鍵言葉キーワード

ガリア オペラの舞台となっているのは、ローマの支配下にあるガリア=現フランスだ。
ドルイド教 当時ガリアに住んでいたのはケルト人で、ドルイド教を信仰していた。
イルミンスルの
巫女
ドルイド教の神殿イルミンスルには巫女たちがいて、その長がノルマで、巫女のひとりがアダルジーザだ。
儀式 巫女の長ノルマは、第1幕で月の女神に祈り、やどり木を金の鎌で刈って占う儀式を行う。
子殺しから
自己犠牲へ
原作となったスメの戯曲ではノルマの子殺しで終わるそうな。オペラでは台本作家ロマーニが変えた。ノルマは子殺しをやめて自分自身を犠牲にする。この変更が成功に結びついた。
ベッリーニの
代表作
ベッリーニは『ノルマ』の後『テンダのベトリーチェ』や『清教徒』を手がけるが、『ノルマ』が最高傑作とみなされている。
ベルカント 「ベルカント唱法」「ベルカント・オペラ」のベル・カントは美しい声と歌い方といった意だが、『ノルマ』はその歌唱法が求められるベルカント・オペラの代表だ。
初演の歌手たち ノルマをジュディッタ・パスタ、アダルジーザをジュリア・グリージ、ポリオーネをドメニコ・ドンゼッリが歌った。いずれも今日まで名を残す伝説的な名歌手だ。
パスタ ベッリーニはジュディッタ・パスタと一緒にノルマの役を作り上げた。
カラス パスタ以来ソプラノがノルマを歌って来た。ノルマの歌唱を変えたといわれるマリア・カラスもそのひとり。
メゾか
ソプラノか
アダルジーザの役は今日ではメゾ・ソプラノが歌うことが多いが、ソプラノの役でもある。
ヒロイックな
テノール
ポリオーネはその後主流になっていくヒロイックなテノールの役の先駆けとなった。
バーベナ ノルマは登場の時、髪にバーベナの花冠を被っている。トスカなどその後のイタリア・オペラのヒロインも、バーベナのさわやかな香りをさせている。

監修:堀内修