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NBS日本舞台芸術振興会
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NEW2024/05/08(水)Vol.493

愛する者が争い、死んでいく。絶望の果てにレオノーラが平和を願う祈りを歌う
〜ヴェルディ『運命の力』
2024/05/08(水)
2024年05月08日号
オペラはなにがおもしろい
特集

愛する者が争い、死んでいく。絶望の果てにレオノーラが平和を願う祈りを歌う
〜ヴェルディ『運命の力』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • 悲劇は事故から始まった。カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラと駆け落ちしようとして侯爵の邸に入ったアルヴァーロが、見つかって起こった事故だった。拳銃の暴発が侯爵の命を奪った。
    アルヴァーロは逃亡し、侯爵の息子ドン・カルロは父の仇をとろうとアルヴァーロを追う。絶望したレオノーラは僧院に身を寄せ、近くの岩窟で祈りの日々を送ることになる。
    名を偽って戦争に加わったアルヴァーロが、戦場でひとりの戦友を助け、友情を誓い合う。実はこれが正体を隠したカルロだった。2人は決闘するが、兵隊に止められる。逃れたアルヴァーロは僧院で信仰の道に入った。
    近くの山中に恋するレオノーラがいるとも知らず、神父として務めを果たしているアルヴァーロのもとに、居場所を突きとめカルロがやってきた。争いを避けようとするアルヴァーロの努力も空しく、2人の死闘が始まった。レオノーラが恋人と再会したのは、まさにアルヴァーロが兄カルロを倒した時だった。駆け寄った妹を、カルロは最後の力をふりしぼって刺し殺した。
  • ヴェルディ作曲、ピアーヴェ作詞(改訂版:ギスランツォーニ) 全4幕、イタリア語/1862年、サンクトペテルブルク帝室劇場初演(改訂版初演:1869年、ミラノ・スカラ座)

聴いてびっくり


息づまる戦いが続く。相手が父の仇と知ったカルロは、たじろぐことなくアルヴァーロに挑む。アルヴァーロも応戦するほかない。戦いは戦場の決闘で始まり、修道院で再開し、カルロが瀕死の傷を負うまで続く。いきり立った男同士の凄惨な争いを愉しんでいいんだろうか? ふと我にかえって自問することがあったとしても、戦いがテノールとバリトンなら手に汗握って愉しむほかない。歌うテノールとバリトンが共に優れた歌手だったら、きっと自問する余裕もなくなる。悲しい運命に同情しつつも、争いを思う存分愉しんでしまうのが『運命の力』というオペラを聴く者の運命なのだ。人一倍平和を求めたヴェルディは、戦いの音楽の名人だった。戦いは第3幕で2人が互いの正体を知った後の決闘で始まる。すぐに中断するのだが、聴く者はその中断を受け入れても、心の中で残念に思う。そして第4幕でなかなか戦おうとしないアルヴァーロを賞賛しながらももどかしく思う。どんなオペラよりも強く平和を求めるオペラの中で、どっぷり争いの興奮に浸ってしまうのは一体どうしてなんだろう。

第3幕はイタリアの戦場で繰り広げられる。戦いは熾烈で、アルヴァーロは重傷を負うが、これが正体露見のきっかけになった。

『運命の力』(ミラノ・スカラ座2000年日本公演)
Photo: Kiyonori Hasegawa

見てびっくり


もう祈りしか残っていない。レオノーラの決意は固く、修道院の門をたたいた。父は死に、兄は父の命を奪ったレオノーラの恋人に復讐しようとしている。恋人アルヴァーロも行方知れずだ。レオノーラにはもうすがるべき希望はない。残されているのは祈りだけなのだった。僧院が女性を受け入れてくれるはずはないが、近くの岩窟になら居させてくれるかもしれない。第2幕の第2場、レオノーラが岩山の僧院に到着する。聖母への祈りを歌うと、舞台はレオノーラの深い絶望と世を捨てる決意に染まる。優しく厳かな空気に満たされた僧院長とレオノーラの二重唱が始まる。レオノーラの悲しみが伝わり、絶望した心がついに受け入れられる。夜の僧院で、厳かな修道士たちの歌声に包まれて、レオノーラは神の道に入る。『運命の力』は戦いのオペラではない。

この歌を聴け


第4幕第2場、つまり長大なオペラの掉尾を飾るのが、レオノーラの歌う「神よ平和を与えたまえ」のアリアだ。『ドン・カルロス』でエリザベートの歌う「世のむなしさを知る神よ」と並ぶ、ヴェルディのオペラにおけるソプラノのアリアの最高峰といってもいい大アリアだろう。どちらも女性の絶望と神への祈りが込められた、大規模な歌だ。心の平和を求め、平和が得られる唯一の希望というべき死を神に望むのだが、穏やかな歌ではない。劇的な大アリアで、ドラマティックなソプラノが歌ってその威力が発揮される。争いや憎悪、決闘や戦争でいっぱいの世界を向こうにまわして、ソプラノがたったひとり、別の世界への道を開く。戦う男たちよりもひとりの女性のほうがヒロイックに思えてくるのがこの歌で、この歌が歌われるのが『運命の力』というオペラだ。

鍵言葉キーワード

初演版と改訂版 『運命の力』はペテルブルクで初演された後、ヴェルディが手を入れ、ミラノで改訂版が上演された。今日では改訂版の上演が多い。
序曲 改訂版で規模を大きくした序曲はヴェルディの序曲の中でも傑作として知られ、コンサートでも演奏される。
2つの結末 初演版ではレオノーラが死んだ後アルヴァーロが自殺して終わる。改訂版では死なずに終わる。
短縮版 長いオペラなので短くして上演されることが多い。アルヴァーロとカルロの二重唱も、時に短い。
事故 悲劇は事故から始まる。拳銃の扱いは気をつけなければならない。
プレツィオジッラ 戦場で仕事をしている女性プレツィオジッラは、ちょっと珍しいキャラクターで、彼女が第3幕で歌う「ラタプラン」は昔から不思議な人気があった。
原作 ロマン的というか、大変起伏に富んだ話の展開は、リヴァス侯爵アンヘル・デ・サーヴェドラの戯曲による。ヴェルディはこの原作戯曲をとても気に入っていた
アルヴァーロ 主人公のひとりアルヴァーロはインカ王族の血を引く青年だ。
ラファエル神父 アルヴァーロは修道院でラファエル神父と名乗っているが、カルロに突きとめられる。

監修:堀内修

ソンドラ・ラドヴァノフスキー&ブライアン・ジェイドオペラ・デュオ・コンサートで 「神よ平和を与えたまえ」が歌われます!

来る7月に開催されるソンドラ・ラドヴァノフスキー&ブライアン・ジェイド オペラ・デュオ・コンサートの幕開きを飾るのが『運命の力』からの序曲とアリア。ヴェルディの傑作序曲、ジェイドが歌う美しいアリア、そしてこのオペラ最大の聴きものアリア「神よ平和を与えたまえ」をラドヴァノフスキーが、たっぷりと聴かせてくれます。

ソンドラ・ラドヴァノフスキー&ブライアン・ジェイド オペラ・デュオ・コンサート
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/opera-duo/