NEW2025/02/05(水)Vol.511
2025/02/05(水) | |
2025年02月05日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
このオペラのフィナーレで歌われるアンジェリーナのアリアくらい幸福感いっぱいの歌はない。「苦しみと涙のために生まれ」と始まる長大なアリアは、ロッシーニの歌の技術の限りを尽くした見事な歌であるだけでなく、歌うアンジェリーナの幸せな気持ちであふれている。それだけでなく、アンジェリーナは幸福感を独占しない。許すのも彼女の魅力で、自分をひどい目にあわせた義理の両親や姉妹を許すのが心からなのを、歌は実に見事に伝える。アンジェリーナはあふれる幸福感を分かち合う相手を家族だけでなく、さらに広げる。その場にいる人たち、そして劇場にいる人たちへと。もしかしたら劇場にいない人たちにも届いてしまう。自分自身の喜びを歌うアリアは、規模を拡大し、さまざまな装飾を加えながら広がっていく。華麗な歌が最も人を幸福にする歌になってオペラの幕切れを迎える。だがこの歌は大きな弱点を備えている。声だけでなく歌の技巧、さらに高まる幸福感の表現力を必要とするので、並のメゾ・ソプラノには難しいという弱点だ。本物のチェネレントラが現れた時、聴き逃さないようにするのが幸福になる方法ってものではないだろうか。
バスとバリトンの滅法面白い二重唱など、面白い重唱がいくつも聴ける『チェネレントラ』だが、面白さの筆頭は第2幕で6人の登場人物が歌う「絡み合った結び目」の六重唱ではないだろうか。男爵の家で真相が明らかになる。これが実に意外でややこしい状況だ。王子と思っていたのが実は従者で、従者が王子だった。その王子はこの家のかわいそうな娘こそ捜し求めていた謎の女性だとわかり、アンジェリーナも相手が本当の王子だと知る。という具合にこんがらかった状況がいっぺんに明らかになる。びっくり仰天する6人の歌が、とんでもなく愉快な重唱を生む。ここはさまざまなやり方で演出され、それを観るのも面白い。この歌でオペラは一気にめでたい結末に導かれる。
アンジェリーナこそこのオペラ・ブッファの傑作のヒロインで、タイトルもフィナーレの長大なアリアも彼女のものだ。上演の成否はアンジェリーナを歌うメゾ・ソプラノにかかっている。とはいっても愉快な男爵ドン・マニフィコやドラマを仕切る王子の先生アリドーロなど、はっきりした性格の生きた登場人物たちの魅力もこの喜劇の特長だ。もちろんアンジェリーナと結ばれる王子ドン・ラミロはそれにふさわしい歌を歌う。最も重要なアリアは第2幕で歌われる。ロッシーニならではのテノールのアリアだ。王子は宮殿で、舞踏会で会った謎の女性が忘れられず、「必ず彼女を見つけ出す」と固い決意を歌う。アンジェリーナのアリアに負けないくらい華やかで技巧的で、テノールの高音を連発する難しい歌だ。同時にこの歌で王子は誠実で、文字通りチェネレントラにとっての王子様であるその性格を明らかにする。
シンデレラ | 原作はいわずと知れたペローやグリムの童話「シンデレラ」(灰かぶり姫)で、イタリア語でチェネレントラになる。 |
魔法使い | 童話に出てくる魔法は、このオペラでは一切省いてある。アンジェリーナを舞踏会に連れて行くのは魔法使いでなく、王子の先生アリドーロだ。だがその活躍は魔法使い以上で、第1幕では難しいアリアも歌う。 |
腕輪 | ガラスの靴も出てこない。アンジェリーナは宮殿に片方の腕輪を忘れる。 |
義理の父 | 原作には出てこない義理の父親ドン・マニフィコ男爵はオペラでは大活躍する。義理の娘に優しくはないが愉快な人物だ。 |
ロバとワイン | 男爵は面白い歌の名人というべきで、ナンセンスな「ロバはロバでも」や酒蔵管理官となってとんでもない命令を出すアリアを歌ったりする。 |
好人物たち | 男爵もアンジェリーナをこきつかう2人の姉妹たちも、どこか憎めない。『チェネレントラ』は好人物たちのオペラでもある。 |
テーマ・ ソング |
幕が開いてすぐアンジェリーナが歌うちょっと悲し気な「昔ひとりの王様がいて」は、後の場面でも出てくる彼女のテーマ・ソングみたいな歌だ。 |
コントラルト のヒロイン |
アンジェリーナはコントラルトもしくはメゾ・ソプラノの役だ。ロッシーニはすたれていったカストラート(去勢された男性の歌手)の歌の技巧をこの役に注ぎ込んだ。 |
難役 | アンジェリーナは難しい役で、歌えるコントラルトやメゾ・ソプラノの歌手が少なくなって、このオペラは『セビリャの理髪師』に較べ、上演されにくいオペラだった。 |
現在の アンジェリーナ |
1960年代のテレサ・ベルガンサ以降この難役を歌えるメゾ・ソプラノやコントラルトが出て『チェネレントラ』は人気オペラになった。チェチーリア・バルトリのアンジェリーナは一世を風靡した。 |
現代的女性 | 舞踏会に連れて行かないといわれても、アンジェリーナは黙っていうなりになったりしない。このヒロインは意志の強い積極的な女性だ。それが『チェネレントラ』を現代にも受け入れられる人気オペラにしている。 |
嵐 | 第2幕で王子たちの馬車が男爵の館の前でひっくりかえるのは嵐のせい。『セビリャの理髪師』同様このオペラでもロッシーニの嵐の音楽が楽しめる。 |
監修:堀内修