2025/03/05(水)Vol.513
| 2025/03/05(水) | |
| 2025年03月05日号 | |
| オペラはなにがおもしろい 特集 |
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| オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
聴いてびっくり第2幕でダナエとミダスが歌うのは不思議な愛の二重唱だ。ミダス王の使者として現われ、ダナエが気に入った相手が、ミダス本人として登場した。半信半疑のダナエに、ミダスは全能の神ユピテルから与えられた、さわるものすべてを黄金に変える力を披露する。ダナエはこの時なお黄金の夢にとらわれている。第3幕で歌われるダナエとミダスの二重唱では、ダナエはロバ引きの貧しい男としてのミダスを愛している。そちらのほうが愛の二重唱としてはすぐれているかもしれないが、第2幕のほうがゴージャスで劇的だ。ゴージャスというのはこのオペラの色彩というべき黄金色が音楽としてもふんだんに聴こえて、光り輝いているからで、劇的というのは二重唱の終わりでキラキラした響きが轟音で断ち切られ、抱きしめられたダナエが黄金に変わる時だ。黄金の二重唱はやはり「見せ場」でもあるのだ。
見てびっくり黄金のオペラの結末がちっとも金ピカじゃないのは驚くに当たらない。でも、びっくりすることがある。ダナエが貧しいロバ引きとなったミダスを愛し、2人がつましい暮らしをして幸福を得るのは、まっとうな結末というべきだ。題名が『ダナエの愛』だし、当然主役はソプラノが歌うダナエに決まっていると思う。だがオペラの最後にきて、ダナエがユピテルの誘いを退け、貧しくとも本当の愛にあふれる暮らしを断固として守る時、奇妙な事態に気づく。いつのまにかユピテルに共感を覚えている。オリンポス山の神々に笑いものにされ、ダナエへの想いを遂げることもかなわず、すごすご引き上げていくユピテルこそ、シュトラウスが描いた『ダナエの愛』の主役なのではないか。まるでワーグナー『ワルキューレ』終幕のヴォータンのように傷心のユピテルが去っていく場面で、胸にこみ上げるものを感じないだろうか。人が全能の神をあわれむこともあるなんて、誰が想像できるだろう。
この歌を聴けこのオペラの本当の聴きどころは、たとえば第2幕でのユピテルとミダスの緊迫した二重唱なのじゃないかと思う。女声を偏愛したシュトラウスの、バリトンとテノールの二重唱なのだが、渋い味わいがある。でも一つだけ選ぶなら、やっぱり第1幕の、ヒロイン登場の場だ。ダナエは夢を見ている。いわずとしれた黄金の雨の夢だ。ギリシア神話でもとりわけ華やかでエロティックな場面だ。作者たちは遠慮なく、もしかしたら恥ずかしげもなくオペラに導入した。自分の寝室で眠ったまま、ダナエはオペラに登場する。そしていきなり黄金の雨との交わりになる。『ばらの騎士』の前奏で遠慮なく元帥夫人とオクタヴィアンの情事を描いたシュトラウスは、音楽でさらに官能的な場面を描いている。その上ここは前奏だけでなく場面も付いている。全能の神ユピテルが夢中になったダナエの魅力が見え、聴こえる。
| ホフマン スタール |
原案はフーゴ・フォン・ホフマンスタールによる。亡くなってこのオペラの共同制作は実現しなかった。 |
| グレゴール | 台本を書いたのは『平和の日』や『ダフネ』と同じヨーゼフ・グレゴールだった。 |
| 80歳 | このオペラを完成させた時、リヒャルト・シュトラウスは80歳を迎えていた。 |
| 最後の? | これが最後の作品と考えていたシュトラウスだが、その後もう1作『カプリッチョ』を書くことになる。 |
| できなかった 初演 |
完成したものの、戦争でとても上演できない。ドイツ敗戦の前年1944年の夏にザルツブルク音楽祭でなんとか総練習はしたものの、初演はされなかった。 |
| 初演 | ザルツブルク音楽祭で初演されたのは戦後の1952年で、シュトラウスの死後3年が経っていた。 |
| ギリシア 神話 |
『ダナエの愛』で使われた主なギリシアの物語は2つある。主神ゼウス(ユピテル)が固く守られた王女ダナエと黄金の雨となって交わる話と、手にふれるものはすべて黄金になるミダス王の話だ。 |
| メルクール | このオペラにはユピテルのほかに商業の神で使者の神でもあるメルクール(ヘルメス)も登場する。テノールの役で、第3幕でオリンポスの様子をユピテルに伝える。 |
| 喜劇 | シュトラウスはこのオペラを作る時、かつて『ばらの騎士』をそう思っていたように、軽い喜劇を考えていた。 |
| 人気 | 難しいテーマのオペラではないが、話が少々入り組んでいるせいか、『ダナエの愛』はシュトラウスの作品としては人気がなく、これまでの上演も多くない。 |
監修:堀内修