2025/04/02(水)Vol.515
2025/04/02(水) | |
2025年04月02日号 | |
オペラはなにがおもしろい 特集 |
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オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
妻ネッダの浮気の現場を押さえようとした一座の座長カニオだが、相手の男は逃げてしまった。だがもう芝居の始まる時間だ。カニオは悲しみにくれながら仕度をする。「衣裳をつけろ」と自分に言いきかせながら始まる歌は激しく、悲痛だ。イタリア・オペラ屈指の、テノールによるドラマティックなアリアが歌われる。現代の、クールな感覚の人には少々大げさ過ぎるようにも思えるが、涙にくれながら嫉妬し、絶望する男の歌は、いまも人の心を動かす。これから始まる喜劇の相手役はいま浮気が露見したばかりの妻だ。すでに観客は集まっていて、芝居をやめるわけにはいかない。これは自分の仕事なのだ。喜劇の主人公の顔に化粧をしながら、カニオは歌う。
集まってきた村人たちの前で、いよいよ旅回りの一座の芝居が始まる。演じられるのはイタリアの定型喜劇(コンメディア・デッラルテ)で、妻コロンビーナを寝取られる道化師の愉快な劇だ。道化師は座長のカニオで、コロンビーナを妻のネッダが演じる。滑り出しは順調で、滑稽な仕草を観客は笑いながら観ている。だがそのうち様子がおかしくなる。芝居と現実が重なり合い、カニオがついに一線を越えた。興奮したカニオが「もう道化師じゃない!」と叫ぶところでドラマは暗転する。カニオは嫉妬で錯乱した夫となって、愛人の名前を言え!と妻を責めたてる。喜劇は悲劇に変わった。これでもかとあおりたてる音楽とともに、カニオがネッダを刺す。大げさなドラマが少なくないオペラの中でも、ここは極端に激しい場面だ。でもその激しさがオペラ『道化師』の持ち味というもの。カニオが「喜劇は終わりました」と告げて幕がおりると、必ずほっとする。
年の離れた夫との暮らしに息がつまっているネッダは、自由を求めている。鳥のように自由に飛びたい。第1幕でネッダが歌う「鳥は空で自由にさえずり」はさえずる鳥のように軽やかな歌だ。オペラ『道化師』の、昔と今の上演の違いはこの歌にかかっていそう。少し前までこのオペラは裏切られて妻を殺した夫の物語だったが、今では同時に自由を求めて夫に殺された妻の物語でもある。軽やかな歌だが、ソプラノの歌いどころというだけではない意味を持っている。「衣裳をつけろ!」が裏切られた夫の悲哀の歌なら、ネッダの通称「鳥の歌」は、カルメンの歌う「ハバネラ」同様、やがて死に至るヒロインの、自由を求める歌、ということになる。ドラマティックなテノールが劇的に歌う「衣裳をつけろ!」に対して、こちらはリリックなソプラノが軽快に歌う。
短いオペラ | 2幕のオペラだが1幕ものオペラコンクールで世に出た。短いので単独での上演は稀れで、多くはマスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』と組んで上演される。 |
レオンカヴァッロ | 作曲したルッジェーロ・レオンカヴァッロはもっぱらこの『道化師』で知られるが、『ザザ』や、プッチーニと同じ題材による『ラ・ボエーム』もたまに上演される。 |
ヴェリズモ | 現実主義とも訳されるオペラのジャンルで、これと『カヴァレリア・ルスティカーナ』そして『トスカ』などがその中に入る。 |
殺人事件 | 描かれるのは殺人事件で、これは実話を題材にしているという。 |
劇中劇 | オペラの中で上演されるのはイタリアのコンメディア・デッラルテの一種と考えられる。コロンビーナやアルレッキーノといった定番の役名が出てくる。 |
始まりと終わり | このオペラには枠が付いている。始まりは登場人物のひとりトニオによる挨拶で、終わりはカニオの「終りました」という挨拶だ。 |
テノール | 強力な「衣裳をつけろ!」が歌われることもあり、『道化師』はテノールのオペラとされてきた。 |
カルーソー | 最も有名なのは20世紀初頭の伝説的テノール、エンリコ・カルーソーだ。日本で歌った伝説のテノールはマリオ・デル・モナコだった。 |
1892年、 1961年 |
『道化師』初演は1892年ミラノで、トスカニーニが指揮した。NHKが主催したイタリア歌劇団東京公演でマリオ・デル・モナコが歌った上演は1961年だった。 |
監修:堀内修