2025/09/03(水)Vol.525
| 2025/09/03(水) | |
| 2025年09月03日号 | |
| オペラはなにがおもしろい 特集 |
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| オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
聴いてびっくりモンテヴェルディの大発明は「レチタティーヴォ」だとされるが、『オルフェオ』では最初の「アリア」と考えられる歌が歌われる。第3幕で冥界との境界を流れる川で、渡し守カロンテに阻止されたオルフェオが歌う歌だ。生きている者は渡れない、通すわけにはいかない、と告げられたオルフェオが、最後にして最強の手段をくり出す。「歌」だ。「力強い霊よ!」とオルフェオは歌いかける。ここでオペラを特徴づける、「相手の心を動かす歌」が生まれる。といっても、興味深いことに、ここでカロンテは気持ちを変えてオルフェオを通すわけではない。気持ちよく眠ってしまう。その隙にオルフェオは冥界へと進む。妻を失ってつらい心情を歌う歌は、のちのオペラのアリアのように流麗ではなく、きっぱりしている。ベル・カントの創始者モンテヴェルディはその原理、言葉がはっきり聴きとれ、感情が伝わる歌を、オルフェオの歌として提示したわけだ。歌でカロンテは眠り、オルフェオは生きている者が入れない冥界に入ってエウリディーチェ救出に成功する。
見てびっくりあ、振り返ってしまった! そうなるとわかっていても胸が痛む。第4幕で妻を地上へ連れ戻そうとしているオルフェオは、止められているにもかかわらず、どうしても愛するエウリディーチェを一目見たくなって振り向いてしまう。『オルフェオ』でのこの場面は実に簡潔だ。振り向いたオルフェオが「なんと優しい瞳」と妻の瞳を讃えると、すぐに永遠の別れが始まる。エウリディーチェの嘆きはほとんど冥界へと連れ去られながら歌われる。オルフェオもエウリディーチェも聴く者も、感傷に浸る暇はまったくない。シンフォニアの響きが厳かに掟を破った者への罰を告げる。次の第5幕で愛ゆえに掟を破ったオルフェオはアポロによって天上にのぼるのだが、それでも引き裂かれた2人はそのまま。『オルフェオ』は悲劇で、ここは簡潔無比な悲劇の瞬間ということになる。
この歌を聴けモンテヴェルディの簡潔で力強い劇的瞬間は、何よりもエウリディーチェの死を知るオルフェオの驚きと嘆きで浮き彫りになる。第1幕でくり広げられた楽園の喜びが、第2幕の、伝令の報によって、一瞬で断ち切られる。オルフェオの「ああ、あなたが死んだ」という言葉は歌われるというよりしぼり出される。それなのになぜ自分は生きているのか? という問いかけから、連れ戻しに行く決意まで、あっという間だ。ここはのちの時代のオペラではなく、語られる演劇に近い。だが人々の嘆きの合唱が力強く入って、すぐにオペラ的な高揚をする。やはりここは手に汗握り、オルフェオを取り囲む人々と共に嘆きに加わるような、緊迫した場面だ。オルフェオはもしエウリディーチェを星の見える世界に連れ戻せないなら、死の国にとどまろうと、大地や太陽に別れを告げる。
| オペラ | ルネサンス後期、ギリシア悲劇の復興をめざしてフィレンツェの詩人や研究家や音楽家たちが作ったのがオペラだった。 |
| 1607年 | 現存する最古のオペラ『エウリディーチェ』は1600年にフィレンツェで初演された。『オルフェオ』はその7年後に生まれた。 |
| モンテ ヴェルディ |
作曲したのはクラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)で、歌詞が聴きとり易い、新しい傾向の音楽の旗手で、マントヴァの宮廷に仕えていた。 |
| ストリッジョ | 詩を作ったのはマントヴァの宮廷に仕える詩人アレッサンドロ・ストリッジョだった。 |
| ドゥカーレ 宮殿 |
マントヴァのゴンザーガ公爵邸であるドゥカーレ宮殿で『オルフェオ』は初演された。広間のひとつだというが、宮殿はその後改装されているので、正確なところはわからない。 |
| 文化史の 事件 |
フィレンツェのオペラは試作品のようなもの。『オルフェオ』でオペラはオペラになり、西欧の文化が大きく変る。 |
| 失われた オペラ |
モンテヴェルディはマントヴァでもうひとつ重要なオペラ『アリアンナ』を作ったが、失われてしまった。この中の名歌「アリアンナの嘆き」は現存する。 |
| 失われなかった オペラ |
モンテヴェルディはマントヴァからヴェネツィアに移り、いくつものオペラを作ったが、現存する、あるいはなんとか上演できるのは『ウリッセの帰還』と『ポッペアの戴冠』だけ。 |
| 守護神 | オペラ誕生に深く関わったのがオルフェウス神話で、オルフェウスはその後オペラの守護神になった。多くの歌劇場に、いまも竪琴を持ったオルフェウス像が飾られている。 |
| 2つの結末 | 神話では八つ裂きにされたりするオルフェウスだが、祝事に上演されることの多いオペラでは結末が変えられることが多い。モンテヴェルディのオペラにも結末は2つある。 |
| 現代の上演 | 関ヶ原の戦いのあとのころのオペラだから、『オルフェオ』はその後のオペラとは歌唱も楽器も大きく違っている。だが20世紀後半に古楽の研究と演奏、そしてオペラの上演が試みられ、現在では上演される機会も、多くはないが、ある。 |
監修:堀内修