2025/10/01(水)Vol.527
| 2025/10/01(水) | |
| 2025年10月01日号 | |
| オペラはなにがおもしろい 特集 |
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| オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
聴いてびっくりやっと会えた! 父と子はしっかり抱き合って喜び合う...... はずだった。ところが父イドメネオは抱き合うどころか後退りする。一体何が起ったのか?ととまどう息子イダマンテは悲しみのアリアを歌う。オペラ伝統の「喪失の嘆き」の歌は、再会の喜びと何が起ったのかわけがわからない当惑とがひとつになって複雑な思いの歌になっている。まさにモーツァルトの腕の見せどころというべき難しい状況のアリアだ。詞は簡潔だ。最初の一言で起こった出来事はわかる。「愛する父を見出し、失った」。そしてイダマンテの悲しみが歌われる。このあと『フィガロの結婚』の伯爵夫人や『魔笛』のパミーナなどいくつもの「喪失の嘆き」のすぐれた歌を作り出すことになるモーツァルトの、これは原点というべき歌になった。さらに注目すべきは、イダマンテがこの歌でちっとも腹を立ててはいないことだ。イダマンテは怒っていない。深く悲しんでいる。この歌はまた、父と子の葛藤という作者モーツァルト自身の人生とも深く関わっている。
見てびっくりさあ行こう、どこかへ、死を求めて。とイダマンテが歌い出して、第3幕第1場の四重唱が始まる。イダマンテの歌を受けるのはイリアだ。どこへおいでになろうとついて参ります。そしてあなたが死なれるのなら私もお供します。そしてイドメネオ、エレットラと続く歌は、4人それぞれ違っている。ばらばらな思いが重なり合いながら1つの歌をかたちづくっていく。すぐれた歌手たちが揃う上演ではその響きだけでも嬉しくなってくるくらい。とはいえ、この四重唱は4人それぞれがつらい運命を嘆く悲しみの歌だ。もうこれ以上耐えられない、死よりつらい、なんとひどい運命だ、という嘆きにおいて、4つの声は同じ歌詞、同じ旋律を歌うことになる。また三者がつらさを歌う時、1人エレットラだけが復讐してやる! と歌うところもある。とても美しい響きだと酔ってはいられない四重唱でもあるのだ。
この歌を聴け 深まる苦悩が、第2幕でイドメネオに「海から逃れたが」というこのオペラ有数の聴きごたえのあるアリアをもたらす。せっかく海から逃れたというのにさらにひどい海に出たと、イドメネオは息子を犠牲にしなければならない、つらい気持ちを歌うのだが、同時に王イドメネオの高貴さを示す歌になっている。
『イドメネオ』は「父よ兄弟たちよ、さようなら」と歌うイリアのアリアで始まる。家族を滅ぼした国の王子であるイダマンテを愛してしまった苦悩を歌うのだが、まるでこのオペラが優しさのオペラであるという宣言のよう。優しいオペラの主役であるイリアは、第3幕の幕開けで、さらに優しい「そよ風よ」のアリアを歌う。風に恋する気持ちを伝えて欲しいと歌う歌は、モーツァルトのロココの優美そのものだ。
イリアが優しさならエレットラは激しさだ。その対比は実にくっきりしている。のちにR.シュトラウス『エレクトラ』で主役となるアガメムノンの娘は、その名が電気という言葉の語源になっているくらい激しい性格を持っている。このオペラの終りで歌われる「オレステスとアイアスの」のアリアは、『魔笛』の夜の女王のアリアに負けないくらい激烈だ。モーツァルトはハッピーエンドの後にはふさわしくないこのアリアをカットしてしまったのだが、今日では1、2を争う人気アリアになっている。怒りとうらみが炸裂する。
| 正歌劇 | 18世紀、格式高いオペラといえばオペラ・セリア=正歌劇だった。『イドメネオ』は、今日では18世紀正歌劇の傑作と見なされている。 |
| 卒業制作? | モーツァルトにとって『イドメネオ』はオペラの音楽家として一人立ちする大切な作品だった。 |
| ミュンヘンの オペラ |
『イドメネオ』はミュンヘンの宮廷からの依頼で作られた。大成功したものの、どこからも新作の依頼や就職の話はこなかった。 |
| キュヴィリエ 劇場 |
初演されたのはミュンヘンの、今日ではキュヴィリエ劇場の名で知られる宮廷劇場だった。ロココの名建築家フランソワ・キュヴィリエ作の劇場内装はいまも残り、美しい劇場として知られている。 |
| 台本 | 台本を書いたのはモーツァルト家の知人、ザルツブルクのヴァレスコだが、18世紀初頭のフランス・オペラを元にしている。 |
| フランス系 | 元のフランス・オペラの要素も残っている。バレエやパントマイムがあり、全曲はバレエでしめくくられるようになっているのだ。 |
| 改訂 | 19世紀には正歌劇がすたれて上演されなくなった。それで『イドメネオ』にはR.シュトラウスやヴォルフ=フェラーリによる改訂版がある。今日では元のまま上演されることが多い。 |
| トロイア戦争 | イリアはトロイアの王女だし、エレットラはギリシア軍の総帥だったアガメムノンの娘、そしてイドメネオはトロイアから帰ってくる。『イドメネオ』には戦争が影を落としている。 |
| 海の怪物 | こっそり王子を逃そうとするイドメネオの計画は、ネプチューンによって送りこまれた?海の怪物の出現で失敗する。たまに、怪物が出てくる上演もある。 |
| ウィーンへ | 『イドメネオ』初演の準備中ウィーンで女帝マリア・テレジアが亡くなり、ヨーゼフ2世が即位する。モーツァルトがミュンヘンから向かったウィーンは新しい時代を迎えていた。 |
| 父と子 | モーツァルトとその父レオポルドの確執はこのオペラのころ限界に近づいていた。モーツァルトは「父と子のオペラ」のあと、故郷ザルツブルクを通り越して、ウィーンへと向かった。 |
| 愛のオペラ | イドメネオは息子を愛し、イダマンテは父もイリアも愛している。イリアとイダマンテは愛し愛されている。誰にも愛してもらえないエレットラもイダマンテを愛している。『イドメネオ』は愛のオペラでもある。 |
監修:堀内修