NEW2025/11/05(水)Vol.529
| 2025/11/05(水) | |
| 2025年11月05日号 | |
| オペラはなにがおもしろい 特集 |
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| オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
聴いてびっくり少年が大暴れしたあと、家具から時計から茶碗と、ありとあらゆるものがびっくりの活動を始める。子どもじゃなくたって、目が離せなく、耳もふさげなくなる。聴く人によって、きっとお気に入りが違うだろう。エキゾティックな歌が耳から離れなくなるのはティーカップたちだ。中国風に「コング・プラン・パ、サオラ・サオラ......」と口ずさんだりする。もちろん椅子たちが動き始めたところで最初にびっくりするのだが、びっくりがずっと続くのがこのオペラだ。ディズニー映画「美女と野獣」の野獣の城の場面はきっとこのオペラから影響を受けている。しかも新しいキャラクターが登場するたびに、音楽が、つまり場の雰囲気が変わる。たとえば暖炉から火が出て来る時は、危険な熱さが舞台を支配する。感じる怖れだって、少年の感覚がそのまま伝わってくるよう。
見てびっくりアマガエルに昆虫にリス、そしてもちろん木たちもいる庭で、少年は木から耳の痛いことを聞く。少年はかつてナイフで木に傷をつけていた。それが最初の痛みだった。痛みを知った少年は、庭の動物たちの騒動でけがをしたリスに包帯を巻いてやる。その時沈黙がやってくる。この沈黙が『子どもと魔法』の聴きどころかもしれない。動物たちが沈黙を破る。「彼は傷の手当てをした」と言って。急転直下、オペラは美しい終わりを迎える。少年の「ママ!」という声で幕が降りる。
この歌を聴けたのしい場面の連続みたいなオペラだけれど、最も魅力的なのはお姫さま登場......よりも黒猫白猫の場面じゃないだろうか。猫の二重唱こそ、このオペラの聴きもので、同時にこれが子どものためだけのオペラではない証しでもある。白猫と黒猫が歌うのは、思い切り官能的な「愛の二重唱」なのだ。昔だったら禁止されたっておかしくないくらい。でも、いけないって言われたら、だってこれは人間じゃなくて猫なんですよ。恥ずかし気がないのが当然でしょう、と主張すればいい。歌う言葉?はミャオミャオだけ。それなのに、というかそれだからこそ、実になまめかしい。少年には刺激的で、おとなたちは待ちかねた歌にうっとりする。もしかしたら愛の二重唱って、人間じゃなく、猫のものなのではないかと思えてくるくらいだ。この二重唱の後、オペラの舞台は愛と争いの庭へと移っていく。
| 1幕オペラ | 『子どもと魔法』は2部仕立てだが短く、1幕オペラとして上演される。 |
| 2本立て | ラヴェルのもう1つのオペラ『スペインの時』とよく2本立てで上演される。 |
| コレット | 原作はフランスの人気作家シドニー・ガブリエル・コレットで、パリ・オペラ座がコレットにバレエの台本を依頼して始まった。 |
| バレエからの オペラ |
オペラのほうが向いている、と思ったラヴェルがオペラにした。 |
| ラヴェルの オペラ |
意欲はあったものの、ラヴェルはたった2つのオペラしか完成させなかった。 |
| 個性的作家 | 「青い麦」などの小説で知られるコレットは自由な生き方や性解放運動でも知られる。子ども向きの『子どもと魔法』でも少年の性の目覚めが描かれている。 |
| 人気オペラ | 日本でも松本での小澤征爾指揮ロラン・ペリー演出の上演などすぐれた舞台があった。 |
| 魔法の物語 | 少年が暴れ出してすぐ、オペラは魔法の世界に入る。これは魔法のオペラだ。 |
| ミュージカル | ラヴェルはこのオペラにアメリカのミュージカルやパリのレビューの音楽を取り入れた。 |
| 猫の声 | ラヴェルは猫の二重唱での鳴き声にこだわった。ラヴェル自身、鳴き声の真似が巧かったという。 |
| 初演 | 『子どもと魔法』は1925年にモンテカルロでヴィクトル・デ・サバタ指揮ラウル・ガンズブール演出で初演された。バレエの振付はジョージ・バランシンだった。パリ初演は1926年オペラ・コミックで、アルベール・ヴォルフが指揮した。賛否両論だった。2025年、オペラは初演100年を迎えた。 |
| キャラクター たち |
椅子も茶碗も、大時計も猫も、こうもりもリスも、小さな老人や数字だってくっきり描かれる。『子どもと魔法』はキャラクターたちが活躍する、先駆的なオペラだ。 |
監修:堀内修