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2025/12/03(水)Vol.531

子どももおとなもおいしく味わえるドイツのメルヒェン・オペラでお菓子の家が見つかる フンパーディンク『ヘンゼルとグレーテル』
2025/12/03(水)
2025年12月03日号
オペラはなにがおもしろい
特集

子どももおとなもおいしく味わえるドイツのメルヒェン・オペラでお菓子の家が見つかる フンパーディンク『ヘンゼルとグレーテル』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • お腹をすかせたヘンゼルとグレーテルが騒いでミルク壺が壊れてしまったのが始まりだった。母親に叱られた兄と妹は森にいちご摘みに行かされた。夜になり、2人は家に帰れなくなって摘んだいちごをすっかり食べて眠ってしまった。でも信心深いヘンゼルとグレーテルの眠りは天使たちに護られた。朝になって、2人が発見したのはお菓子の家だった。空腹だったのでつい食べ始めたのを、この家に住む魔女が見つけた。2人は魔女に捕まり、食べられてしまいそうになる。だが機転をきかせたグレーテルが、ヘンゼルとともに魔女をかまどに放り込んだ。するとかまどが破裂して、それまで捕まってお菓子に姿を変えられていた子どもたちが現れた。そこに心配した兄妹の両親がやってきた。ちょうど魔女のお菓子が焼きあがる。
  • フンパーディンク作曲、ヴェッテ作詞 全3幕、ドイツ語/1893年、ヴァイマール宮廷歌劇場初演

聴いてびっくり


ドイツの森の怖さが天使の出現で浄化されると暗闇は美しく光輝く。このオペラで一番うっとりする場面は第2幕の終わりにある。森で迷ったヘンゼルとグレーテルはいちごを食べてひもじさは解消したけれど、あたりはすっかり暗くなって、帰り道を見つけられず、心細くなってきた。霧も出てくる。そこに砂袋を背負った眠りの精が現れた。眠くなってきた兄妹は、「夕べの祈り」を歌い始める。祈りの歌の旋律は古くからドイツに伝わり広く親しまれていて、このオペラの前奏曲でも予告されている。歌い終わって2人が眠りにつくと、空からつぎつぎと14人の天使が降りてくる。森は神々しい光で包まれ、眠るヘンゼルとグレーテルを優しく見守る。信仰と結びついたオペラ『ヘンゼルとグレーテル』の真骨頂というべき響きで第2幕が幕をおろす。

見てびっくり


食べる夢でいっぱいの「食欲のオペラ」の頂点はもちろんお菓子の家の発見だ。貧しくて食べるものが乏しく、大切なミルクの壺を割って森に来る破目になった兄と妹は、ついに理想郷を見つける。眠っていた2人が暁の精の歌で目覚めると、あたりは明るくなっている。でも夢が終わったわけではなさそう。夢の音楽はそのまま夢のような出来事につながっていくからだ。第3幕でその大発見が起る。ヘンゼルとグレーテルが見つけたのはお菓子の家だ。少年少女の夢、少なくとも19世紀ドイツの子どもたちの夢は現在も生き続けていて、クリスマスにお菓子の家は欠かせない。

この歌を聴け


『ヘンゼルとグレーテル』にはおっかない人物が2人出てくる。1人はもちろん魔女で、お菓子の家の住人、なにしろヘンゼルを丸々太らせて食べてしまおうとするのだから、大変こわい。でもオペラを聴いている時の実感としてはもう1人の人物、ゲルトルードのほうがもっとこわい。ヘンゼルとグレーテルのお母さんゲルトルードは、兄と妹がたのしく「足でトントン、手でパチパチ」と歌いながら踊っているのをとがめ、怒って森にいちごを摘みに行かせてしまう。情け容赦もない。子どもたちが出て行ったあと、母親は嘆きの歌を歌って怒りの理由が食べ物がないからだとわかるのだけれど、おっかないことに変りはない。兄妹のたのしい歌から母の怒り、そしてこの家族の持つ暮らしの悩みへと移るあたりは、メルヒェンの持つ影の部分を露わにし、オペラに深みを与えている。ちなみにおっかない魔女はおいしいお菓子になり、おっかないお母さんはお父さんのおみやげで優しいお母さんになる。

鍵言葉キーワード

メルヒェン・
オペラ
19世紀にドイツで童謡をオペラにしたような「メルヒェン・オペラ」が大流行した。ほどんと忘れられたが、この『ヘンゼルとグレーテル』は生き残り、今日でも人気を保っている。
フンパー
ディンク
作者エンゲルベルト・フンパーディンクはワーグナーの弟子だった。重厚で大規模なワーグナー作品の反動みたいに生まれたメルヒェン・オペラだが『ヘンゼルとグレーテル』はワーグナーの影響を強く受けている。
台本は
作曲家の妹
作曲者が妹の頼みで子どもたちのための歌を書いたのがきっかけだった。拡大し、オペラにしたのだが、詞はもちろん妹のアーデルハイト・ヴェッテが書いた。
童話 グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」が有名だが、このオペラは1845年にルートヴィヒ・ベヒシュタインがまとめた本を原作としている。
道徳的 グリムに較べると道徳的で、プロテスタントの信仰の色が濃い。
刺激は
少なめ
オペラに残酷なところはなく、母親も継母でなく実の母で、兄妹をいじめるわけでなく、魔女に食べられたはずの子どもたちも生き返る。
食のオペラ これくらい食べることにこだわったオペラはない。家庭のひもじい状況から始まって、お菓子の家が出てきて......とオペラは食欲と食べものによって進行する。
お菓子の家 子どもたちの夢の象徴というべき魔女のお菓子の家が、このオペラの誰もが知っている表徴になっている。もちろん、レープクーヒェン(しょうがの焼き菓子)をはじめドイツのさまざまなお菓子も出てくる。
魔女の騎行 第2幕の前奏曲は「ワルキューレの騎行」ならぬ「魔女の騎行」だ。
民謡 最初の「がさごそ鳴るのは何?」に始まって、このオペラにはドイツの子どもたちにはおなじみの童謡や民謡がいくつも出てくる。
クリスマス 14人の天使の精、お菓子の家など、クリスマスのモチーフがふんだんに出てくる。『ヘンゼルとグレーテル』はクリスマスのオペラだ。
冬の恒例 ドイツではとても人気のあるオペラで、クリスマス・シーズンの定番のように上演され、おとなも子どもも劇場に行く。
森の魅惑 ウェーバー『魔弾の射手』第2幕には悪魔、ワーグナー『ジークフリート』第2幕には竜と、こわいけれどなかなか愛嬌のある魔物が住んでいる。ドイツの森は魅力的だ。特に『ヘンゼルとグレーテル』の森は。
森にいる
魔女や妖精
お菓子の家に住む魔女だけじゃない。森には眠りの精も暁の精も住んでいる。天使だって降りてくる。
妖精の仕事 眠りの精は砂をふりかけて2人を眠らせ、暁の精は霧をふりかけて2人を起こす。魔女は食べたり食べられたり。

監修:堀内修