2026/02/04(水)Vol.535
| 2026/02/04(水) | |
| 2026年02月04日号 | |
| オペラはなにがおもしろい 特集 |
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| オペラ |
オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。
聴いてびっくりドニゼッティ『ランメルモールのルチア』と並ぶ「狂乱の場」の最高峰がこのオペラで聴ける。第2幕、城の大広間に集まった人々が、あまりにもかわいそうなエルヴィーラの様子を語っているところに、正気を失って婚礼の場にいる妄想に捕われているエルヴィーラの声が聴こえてくる。姿を見せると「ここであなたの優しい声が私を呼んでいた」と歌い始めた。不思議な明るさと悲しさを兼ねそなえた狂乱の歌は、取り巻く人々だけでなく、会場中をヒロインの深い悲しみに共感させてしまう。絶望はこんなにも美しい。旋律の天才だったベッリーニの面目躍如というべき歌の後に、カバレッタ(=激しく劇的な歌)が続く。「おいでください、わたしの愛しい人」と、歌には喜びの色さえあって、弾んでいるようですらある。でも人の心を打つのはもちろんそれを貫く悲哀で、舞台も客席も静かに聴き入れるほかない。
見てびっくりアルトゥーロの登場でエルヴィーラが正気を取り戻して始まる第3幕の二重唱から幕切れまでは、長いフィナーレと呼んでもいいくらい。とはいえずっと喜びの歌が続くわけではない。これでもか、というくらい起伏に富んでいる。驚くのは一度正気に戻ったエルヴィーラが正気のままではいないことだ。錯乱が突然ヒロインを襲って、オペラそのものが安定を失うかのよう。さらに清教徒の人々がやってきて驚きを増幅する。相手のアルトゥーロだってエルヴィーラ以上に変化を余儀なくされる。美しい旋律だけでなく、超高音を要する技巧的な歌で、歌うほうはもちろん聴いている人も手に汗握ることになる。エルヴィーラがもう一度正気に戻り、アルトゥーロが死刑をまぬがれて、2人が皆に祝福される結末は、唐突といえば唐突なのだが、到達点はこれ以外ないと、一緒になって喜びつつ安堵することになる。ベッリーニ最後のオペラの終わりは、唐突で、見事だ。
この歌を聴け アルトゥーロの登場の歌、第1幕で婚礼のために清教徒の城へやってきたアルトゥーロが歓迎に応えて歌うのは素直な喜びにあふれた歌だ。「愛しい人よ、あなたに愛を」と歌い出すアルトゥーロに何の不安もないのは、聴けばすぐわかる。難しくなんかないのかと思いきや、これは難曲として知られている。超高音(高いド・シャープ)があるからで、エルヴィーラの喜びも加わるし、ほかの2人も参加するので本当は四重唱なのだが、それでもこれはアルトゥーロの歌ということになっているのがよくわかる。
エルヴィーラの喜びもアルトゥーロに負けない。同じ第1幕で、花嫁のヴェールを持って歌う「私は花嫁衣装を着たきれいな乙女」もアルトゥーロや王妃エンリケッタらが加わる四重唱なのだが、エルヴィーラのアリアのように聴いてしまう。愛する相手との結婚を迎えた花嫁の喜びいっぱいの歌は、印象的な舞曲ポロネーズに乗って歌われる。まるで花嫁が踊り回っているようだ。オペラで聴ける花嫁の喜びの歌の中でもとりわけ浮き浮きした気分にあふれている。だが実はこの歌の前に、結婚するはずのアルトゥーロは捕われの王妃エンリケッタと出会い、救い出そうと決めている。破綻はすでに進行しているのだ。エルヴィーラはこのオペラで、すべての歌を喜びと絶望を結んで張られた綱の上で歌っていることになる。『清教徒』は並はずれたヒロインの歌う並はずれたオペラだ。
| 最後の オペラ |
ベッリーニはこのオペラが初演された8カ月後に33歳で死んだ、『清教徒』はベッリーニ最後のオペラになる。 |
| パリの オペラ |
パリでの成功を求めてパリに移ったベッリーニがパリのために書いた唯一のオペラが『清教徒』だった。 |
| イタリア 劇場 |
初演されたのはパリのテアトル・イタリアン(=イタリア劇場)で、イタリア語で上演する劇場だった。パリ・オペラ座での新作上演はかなわぬまま終わった。 |
| ライバル | ベッリーニのライバルは4つ上のドニゼッティと見なされていた。1835年パリという大舞台でのライバル対決は『清教徒』対ドニゼッティの『マリン・ファリエーロ』だった。 |
| 勝敗 | 勝ったのは『清教徒』で大成功を収め、17回上演された。負けた『マリン・ファリエーロ』は5回の上演で終わった。 |
| 次の勝負 | 次の試合?でドニゼッティが出したのは『ランメルモールのルチア』で、ナポリで初演されたが、その日の3日前にベッリーニはパリ郊外で亡くなっていた。『ルチア』は不戦勝ということになる。 |
| 「清教徒 クァルテット」 |
パリでの初演で歌ったのは、エルヴィーラがソプラノのジュリア・グリージ、アルトゥーロがテノールのジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニ、そしてルイージ・ラブラーシュ(ジョルジョ)、アントニオ・タンブリーニ(リッカルド)という、いまもその名が残る名歌手たちで、「清教徒クァルテット」と呼ばれた。 |
| 男声の 魅力的な歌 |
アルトゥーロと敵対し、手助けして、最後は許す清教徒の騎士リッカルド(バリトン)にも、エルヴィーラの叔父ジョルジョ(バス)にもそれぞれ魅力的なアリアがある。 |
| 台本 | 長くコンビを組んでいたフェリーチェ・ロマーニと仲違いしていたベッリーニは、台本作家に亡命詩人のカルロ・ペポリ伯爵を選んだ。 |
| 時代 | オペラの舞台となったのは王党派と清教徒が争っていた17世紀のイングランドで、城の場所は南部にあるプリマスの近くに設定されている。 |
監修:堀内修