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Photos: Mizuho Hasegawa

NEW2021/04/07(水)Vol.419

オペラとバレエの衣裳(2)
2021/04/07(水)
2021年04月07日号
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佐々木忠次コレクション
特集

Photos: Mizuho Hasegawa

オペラとバレエの衣裳(2)

ウラジーミル・マラーホフの『薔薇の精』『牧神の午後』の衣裳

肌が透けて見えるパワーネットを用いた、薔薇色のグラデーションが艶やかな衣裳。もう1点は、白地にこげ茶のまだら模様がトレードマークの半獣神。いずれも妖しげな魅力を放つ"人ならぬもの"──ミハイル・フォーキン振付『薔薇の精』、ヴァスラフ・ニジンスキー振付『牧神の午後』のコスチュームだ。バレエ界の貴公子として多くのファンの心を掴んだウラジーミル・マラーホフが、ディアギレフ率いるバレエ・リュスの代表作に取り組んだ際にしつらえたものである。
ウクライナ出身のマラーホフは、ボリショイ・バレエ学校を卒業後、モスクワ・クラシック・バレエで最年少プリンシパルとして活躍。その後ウィーンに拠点を移し、シュツットガルト・バレエ団、アメリカン・バレエ・シアターほか世界各地の舞台に立ち、世界的スターとしての地位を確立していった。
佐々木忠次がマラーホフと出会ったのは1994年のことだ。オペラの招聘公演の打ち合わせのためにウィーン国立歌劇場に赴いた佐々木は、ウィーン劇場連盟総裁のシュプリンガー氏にマラーホフを紹介され、彼の舞台を観て、同年の世界バレエフェスティバルへの出演をオファーした。以後マラーホフは2015年までに世界バレエフェスティバル8回連続参加を達成。同時に、〈マラーホフの贈り物〉公演、東京バレエ団への客演などで定期的に日本の舞台で踊り、とくに古典作品の王子役での貴公子然とした佇まいと圧倒的なスター性で、稀代のプリンスとしての存在感を強めていく。

『薔薇の精』
(左)Photo: Mizuho Hasegawa
(右)Photo: Kiyonori Hasegawa

そんな彼の『薔薇の精』の衣裳は、2000年の世界バレエフェスティバルで、イタリアの名花、カルラ・フラッチを相手に踊った時に着用していたものだ。
7年後、マラーホフは、伝説のダンサー、ニジンスキーにちなんだ作品を踊る〈マラーホフ、ニジンスキーを踊る〉で『薔薇の精』や初挑戦となる『牧神の午後』などを踊る予定でいた。しかし、かねてから痛めていた膝の手術からの回復が遅れ、降板。この時来日したマラーホフが、「ササキサンが喜んでくれるなら」と、着用するはずだった2点の衣裳をNBSに寄贈した。マラーホフの初めての『牧神』は、翌2008年に開催された〈マラーホフの贈り物VI〉でようやく実現。この時マラーホフは、NBS社屋の廊下に展示されていた牧神の衣裳を、マネキンからはずしてそのまま着用、官能的な美にあふれた牧神の世界を見事に体現し、客席のため息を誘った。

『牧神の午後』(左)Photo: Mizuho Hasegawa / (中・右)Photo: Kiyonori Hasegawa

当時マラーホフは、ベルリン国立バレエ団の芸術監督としても多忙な日々を過ごしていた。2005年に行われた最初の日本公演では、自身の演出による『ラ・バヤデール』に主演したほか、モーリス・ベジャール振付『ニーベルングの指環』のローゲ役で強烈な印象を残す。また、自身の演出による『眠れる森の美女』のカラボス、『シンデレラ』の義理の姉を演じるなど、アクの強い脇役でも存在感を示す──。マラーホフの『牧神の午後』は、そんな彼がアーティストとしてキャリアを重ね、より多彩な表現を追求する中で実現した。その初めての挑戦を日本の舞台で叶えたのは、ほかならぬ"日本のディアギレフ"こと佐々木忠次だ。佐々木の晩年、マラーホフは東京に半年間滞在、東京バレエ団のアーティスティック・アドバイザーを務めてもいる。

加藤智子 フリーライター