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2021/05/06(木)Vol.421

オペラとバレエの衣裳(3)
2021/05/06(木)
2021年05月06日号
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オペラとバレエの衣裳(3)

ミラノ・スカラ座『トゥーランドット』の衣裳

頭部を埋め尽くすだけでなく、肩幅よりも広がる髪飾りからは煌くビジューが何本も垂れ下がる中国皇女の頭飾り。欧米の王冠やティアラとは異なる中国独特の装飾だ。胸元のボリューム感たっぷりの煌びやかな装飾の下の金地のドレスとローブの重厚さが薄地のシフォンに透けている。伝説の時代の中国を舞台とするオペラ『トゥーランドット』で、"氷のように冷たい心をもつ"とされる皇帝の娘トゥーランドットの衣裳だ。

1988年ミラノ・スカラ座日本公演『トゥーランドット』のタイトルロールを担ったのは、当時、トゥーランドット歌いの第一人者、ゲーナ・ディミトローヴァ。 ブルガリア生まれのディミトローヴァは、イタリア・オペラの超難役を次々と歌い、80年代には"スカラ座の女王"と呼ばれた。その最大の特徴は"声の威力"。圧倒的な声量だけでなく、イタリア・オペラにふさわしい声質とスタイルの持ち主として認められていた。

ディミトローヴァがこの衣裳を身に纏ったフランコ・ゼッフィレッリ演出による絢爛豪華な『トゥーランドット』は、いまも日本のオペラ史に残る名舞台の一つ。観る者を驚倒させた。

全編にわたり壮大なスケールをもつゼッフィレッリの『トゥーランドット』は、NHKホールの舞台いっぱいに設えられた舞台美術、主役歌手だけでなく、煌びやかな衣裳を纏った合唱団やバレエ、エキストラまで含めれば数百人が舞台上に立つ場面も。その図のなんと壮観なこと! ちなみに東京バレエ団も助演として出演。ゼッフィレッリはダンサーたちを大変気に入り、公演の成功を喜んだと言う。

1988年ミラノ・スカラ座日本公演『トゥーランドット』終演後のゼッフィレッリと東京バレエ団ダンサーたち
Photo: NBS

ゲーナ・ディミトローヴァ演じるトゥーランドット
(1988年ミラノ・スカラ座日本公演より)
Photo: Ryu Yoshizawa

ミラノ・スカラ座の日本公演は、佐々木忠次にとって特別な意味をもつものでもあった。第1回が実現した1981年日本公演は「ミラノ・スカラ座日本招聘委員会」による実現だったが、実際に交渉や制作にあたったのは佐々木だった。世界に冠たるスカラ座の初めての招聘であることはもとより、誰もが世界を行き来できる現在とは異なり、あらゆる難題に次ぐ難題が.......。交渉を開始してから実現に漕ぎつけるまでに16年の年月が費やされた。第2回の開催が7年後に行われたとき、佐々木は「今回は意外なほど早く実現できることになったと感じる。前回の成功を踏まえ、スカラ座側の日本への信頼を得ることができたから」と語ったが、その信頼は、現場を取り仕切った佐々木への信頼にほかならなかった。佐々木が率いるNBS日本舞台芸術振興会、すなわち単独の民間団体の招聘にミラノ・スカラ座が応じたことが、そのことを証明している。

1988年のミラノ・スカラ座日本公演は、今年創立40周年を迎えるNBSの歴史の上でも特筆大書すべき大事業であった。時はバブル経済の絶頂期。上演されたのはオペラ・ファン垂涎のカルロス・クライバーが振る『ボエーム』、若きリッカルド・ムーティが振る『ナブッコ』と『カプレーティとモンテッキ』、それにロリン・マゼール指揮の派手な『トゥーランドット』。前年のベルリン・ドイツ・オペラによる《ニーベルングの指環》全曲日本初演で火がついた"オペラ・ブーム"の象徴的な作品が、この金殿玉楼のような舞台装置に燦爛たる衣裳のゼッフィレッリ版『トゥーランドット』だった。この成功によりオペラが贅を尽くした総合芸術であることを人々に強く印象づけ、その後の日本のオペラ界を盛り上げる発端となったともいえる。

『トゥーランドット』(1988年ミラノ・スカラ座日本公演より)
Photo: Ryu Yoshizawa

写真・文:NBSニュースWEBマガジン編集部