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NBS日本舞台芸術振興会
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2021/06/02(水)Vol.423

生の舞台が蘇った!
英国ロイヤル・オペラ再開
2021/06/02(水)
2021年06月02日号
世界の劇場を知ろう
特集

生の舞台が蘇った!
英国ロイヤル・オペラ再開

ロックダウン後の復帰を果たした会場では開演前から期待に満ちた拍手が起きた

コロナで明け暮れた1年数カ月がほんとうに終わろうとしているのか、インドの変異株を横目で睨みながらも、とにかく5月17日から多くの劇場が再開された。むろんソーシャル・ディスタンス付で客席は空席だらけだが、とにかく生の舞台が蘇った! 

英国ロイヤル・オペラは去年秋から少しずつ観客を入れて、コンサートだけではなくオペラ上演も実践していた。去年秋にはヘンデルのカンタータ『アポロとダフネ』やサミュエル・バーバー作曲の追憶劇『ノックスヴィル、1915年の夏』(1947)など、変化に富んだ小品を集めていた。さらにコヴェント・ガーデン所縁のヘンデル作品『アリオダンテ』を、クリスティアン・カーニン指揮、新鋭イザベル・ケトル演出によるコンサート形式で上演し、高い評価を受けた。オーケストラの前で素のままの演技をするわけだが、感情のこもったリアリズムに迫り、なかなかの説得力があった。アリオダンテ役のポーラ・マリヒーは知的で心が大きくて、さっそうとした男装の麗人だ。スコットランド王役にジェラルド・フィンリー、悪役のポリネッソのカウンター・テナーにイエスティン・デイヴィスという、大物2人を起用しているのもすばらしかった。
久しぶりに大作オペラの新作舞台をフルで観て思ったのは、コロナの制約下で、距離を置いた歌手の配置や絡み場面の工夫、合唱の扱い等について、演出家はどれほどの難関を乗り越えねばならないかと実感したことだ。

そしてついに英国ロイヤル・オペラは他の歌劇場や主要楽団に先駆けて、5月17日、モーツァルトの『皇帝ティートの慈悲』でロックダウン後の復帰を果たした。会場では開演前から期待に満ちた拍手が起きた。ところが幕が上がって驚いたのは大物リチャード・ジョーンズの演出だ。豪華絢爛でもどこか世の中を斜に見た感じが定評の演出家だが、コロナ時代のローマ帝国はいかに? それは三角屋根のシンプルな家の中で、リビングとか食料品屋とかレンガの壁とかの現代風セットに驚いた。忠臣ながら恋のためにティートを殺そうとするセストは、少年のような半ズボン姿だ。簡素なセットは制限付きだから仕方ないとしても、コンセプトがいつものジョーンズらしくない。さらに合唱が陰に隠れて見えないのが残念だった。それはコロナのせいだろう。

英国ロイヤル・オペラ リチャード・ジョーンズ演出『皇帝ティートの慈悲』より
Photos: ©2021 ROH. Photograph by Clive Barda

しかし新鋭の歌手陣はマーク・ウィグルスワースの弾みある指揮のおかげか、とにかく信じさせる。筆頭はセストのエミリー・ダンジェロだ。妹セルヴィリアのクリスティーナ・ガンシュも真摯に歌う。ティート帝のエドガラス・モントヴィダスには寛大で静かな風格があった。そして悪女ヴィッテリアのニコール・シュヴァリエ、そのすさまじさと絶望感にはステージを揺るがすほどの迫力があった。

エミリー・ダンジェロ演じるセスト(左)、
ニコール・シュヴァリエ演じるヴィッテリア(右)
英国ロイヤル・オペラ リチャード・ジョーンズ演出『皇帝ティートの慈悲』より
Photo: ©2021 ROH. Photograph by Clive Barda

この後、6月にジョーンズ演出の『ラ・ボエーム』、7月にカスパー・ホルテン演出の『ドン・ジョヴァンニ』が続く。ようやく限りなく平常に近づくことになるのだろう。

秋島百合子 在ロンドン、ジャーナリスト