NBS News Web Magazine
毎月第1水曜日と第3水曜日更新
NBS日本舞台芸術振興会
毎月第1水曜日と第3水曜日更新

2023/08/16(水)Vol.476

一大イベントのパリ祭コンサート
エクサン・プロヴァンスのマリオッティ
2023/08/16(水)
2023年08月16日号
世界の劇場を知ろう
特集

一大イベントのパリ祭コンサート
エクサン・プロヴァンスのマリオッティ

ヨーロッパでは歌劇場のシーズンが閉じている夏の間、各地で音楽祭が開催されます。コロナ禍以前には、夏の音楽祭に行くことを恒例にしている日本のファンも多かったようです。もっとも、制限がなくなったとはいえ、今年はまだまだ"様子見を"という方も少なくないことでしょう。コロナ禍においても海外に足を運んできた音楽評論家の石戸谷結子さん、今夏はフランスへ。エクサン・プロヴァンスではローマ歌劇場との来日が目前に迫った指揮者ミケーレ・マリオッティの活躍ぶりを伝えてくれました。

パリ最大級のイベント
エッフェル塔下でパリ祭コンサート

フランスへ行きたしと思えども、暴動勃発のニュース。イタリアは熱波到来と、ハードルの高いヨーロッパ。それでも行ってきました7月のパリとエクサン・プロヴァンスに。7月末からザルツブルク音楽祭とバイロイト音楽祭が開幕。どちらも色々と問題かかえつつも、熱演が繰り広げられている。

7月14日にエッフェル塔下で開催されたパリ祭コンサート
(著者写真提供)

パリは暴動の直後だったが、街は平穏を保っており、イベントも通常通り。7月14日のパリ祭も、厳戒体制の中で実施された。朝からオープンカーに乗ったマクロン大統領を先頭に、軍事パレードが昼過ぎまで続き、夜はエッフェル塔下のシャン・ド・マルス公園でコンサートが開かれる。毎年華やかなスターが登場し、最後はエッフェル塔から打ち上げられる花火大会で閉幕するパリ最大級のイベント。今年はヨナス・カウフマン、リュドヴィク・テジエ、ネイディーン・シエラ、エルモネラ・ヤオなどの出演が予定されていたので、行ってみることに。入場は無料で観客は芝生に座って見物する。しかし開演3時間前に行ってみると、数十万人が集まり立錐の余地もないほどの混雑ぶり。9時すぎに始まったが、舞台も大スクリーンも全く見えない。あとで確認すると、カウフマンは病気でキャンセル、シエラもキャンセルし、代わりにプリティ・イェンデとフランチェスコ・デムーロが出演した。フランス2が生中継するので、コンサートはテレビ鑑賞するのが正解だった。

パリ祭コンサート出演を待つプリティ・イェンデ
(著者写真提供)
パリ祭コンサート出演者たち
(著者写真提供)

マリオッティが大活躍、エクサン・プロヴァンス音楽祭

ヨーロッパ3大音楽祭に数えられるのが、南フランスで開催される「エクサン・プロヴァンス音楽祭」(7月4日~24日)。2つの世界初演やヨーロッパ初演を含む、9つのオペラ公演やクラウス・マケラ指揮のパリ管、サイモン・ラトル指揮のロンドン交響楽団などの公演やリサイタルなど、75周年を迎えた今年は華やかなラインナップだ。
発売と同時に完売したのは、アスミック・グリゴリアンとプリティ・イェンデという、いま最も人気と実力のあるプリマ・ドンナの2つのリサイタル。残念ながら日程が合わず聴くことができなかったが、二人は来年の2月と5月に来日し、待望のリサイタルが開かれる。

プリティ・イェンデ(エクサン・プロヴァンス音楽祭でのリサイタルより)
Photo: Festival d'Aix-en-Provence © Vincent Beaume
アスミック・グリゴリアン(エクサン・プロヴァンス音楽祭でのリサイタルより)
Photo: Festival d'Aix-en-Provence © Vincent Beaume

全公演を通じて、最も人気が高かったのが、たった1日だけの演奏会形式『オテロ』。カウフマンのオテロ、テジエのヤーゴ、マリア・アグレスタのデズデモナという豪華キャストで、指揮はミケーレ・マリオッティ。ナポリから歌劇場管弦楽団と合唱団も加わった。ところが公演の数日前にカウフマンがキャンセルし、アルメニア人のアルセン・ソゴモニャンがオテロを歌った。しかし終演後には聴衆が総立ちになり、拍手が鳴り止まないほどの大成功を収めた。マリオッティはすべてのアリアや合唱を自らも歌いながら指揮。ニュアンスに富んだ繊細で洗練された音楽づくりで、3幕から4幕にかけてはドラマティックに曲を盛り上げた。その見事な曲の構築ぶりと、よく歌う情熱的な指揮に圧倒的な感銘を受けた。マリオッティはまさにいまが聴きどきの旬のオペラ指揮者に成長した。

エクサン・プロヴァンス音楽祭『オテロ』(演奏会形式)カーテンコール。中央にミケーレ・マリオッティ。
Photo: Festival d'Aix-en-Provence © Vincent Beaume

ほかにラトル指揮、ロンドン交響楽団の『ヴォツェック』(主演は、クリスティアン・ゲアハーエルとマリン・ビストレム)、トーマス・ヘンゲルブロック指揮、バルタザール・ノイマン・オーケストラの演奏で『コジ・ファン・トゥッテ』など4つのオペラを見ることができた。『コジ』は、ドミトリー・チェルニャコフの演出。物語を完全に創り変え、50代の中年カップルが、スワッピング・ビジネスを企むドン・アルフォンソにそそのかされ、相手を取り替えてみたものの、惨憺たる結果に終わる。人間誰しも、年を重ねても、心の奥底に闇を隠している、というのが辛口演出家の言いたいことなのだろうか?

エクサン・プロヴァンス音楽祭『コジ・ファン・トゥッテ』より
Photo: Festival d'Aix-en-Provence © Monika Rittershaus

取材・文 石戸谷結子(音楽評論家)