パリ・オペラ座で1月に開催された〈ガルニエ宮150周年記念ガラ〉の模様を、パリ在住のエディター大村真理子さんにレポートしていただきました。
1875年1月5日、12年半という長い年月をかけた工事が終わり、新しいパリ・オペラ座の落成式が行われた。その壮麗さゆえ、設計した建築家シャルル・ガルニエの名をつけてガルニエ宮(Palais Garnier)と呼ばれることになったのだ。パリの美しいモニュメントの1つと誉高く、今も世界中から毎日大勢の訪問者を集めている。今年はその150周年を祝う記念すべき年である。年間を通じて行われる複数の記念イベントの皮切りとして大統領エマニュエル・マクロンの後援により、1月24日に〈ガルニエ宮150周年記念ガラ〉が華やかに開催された。ブルーの花で幻想的に飾られた劇場を満たしたのは男性はブラックタイ、女性はロングドレスというドレスコードに則って麗しく着飾った観客たちだ。さらにこの晩は大勢のセレブリティも招かれ、通常は定刻通りに開幕することで有名なパリ・オペラ座だが、この晩は彼らの着席を待って15分遅れでスタートとなった。
ガラは幕間30分を挟んでの2幕構成で、音楽家・バレエ団のダンサー・バレエ学校の生徒・ジュニア・バレエのダンサーといったパリ・オペラ座に属するアーティストに加え、オペラ界から豪華ゲストが出演した。ガストン・ルルーの小説によってガルニエ宮に生まれた''オペラ座の怪人''が彼の指定席である5番のボックス席の最前列に座る姿にスポットがあたったと思いきや、直後にステージに出現することからスタートした。その彼を追いかけてガルニエ宮にしのびこんだオペラ座バレエ学校の男女二人の生徒が劇場の歴史、バレエ、オペラを発見してゆくという作りである。
幕開けはダニエル=フランソワ=エスプリ・オベールの『ポルティチの物言わぬ娘』の明るくリズミカルな序曲にのせ、プロジェクションマッピングも含めてガルニエ宮の建築、オペラ、バレエの歴史が今と昔を交差してビジュアルで語られた。生徒二人が水先案内人を務めたガラのプログラムは、オペラファンもバレエを楽しめ、バレエファンもオペラを楽しめ、という素晴らしいセレクションである。まずバレエ作品について紹介しよう。『白鳥の湖』第3幕のパ・ド・トロワをヴァランティーヌ・コラサント(エトワール/黒鳥オディール)、マルク・モロー(エトワール/ジークフリート王子)、そしてトマ・ドキール(プルミエ・ダンスール/ロットバルト)が踊った。トマが実にシャープな踊りと演技で邪悪さの権化と化していたことを特筆しておこう。第1幕を締めくくったのは、ベジャールの『ボレロ』である。鍛え上げた身体が見事なユーゴ・マルシャン(エトワール)が肋骨を呼吸とともに波打たせ、円卓狭しとばかりにエネルギッシュに踊って卓上に燃え尽きた。そんな彼に会場からは惜しみない拍手と歓声が。
第2幕では、マリオン・ゴティエ・ドゥ・シャルナッセ(カドリーユ)がオペラ座バレエ団のコンテンポラリー系ダンサーに創作した作品『Short Ride in a Fast Machine』が初演された。ジョン・アダムスのスピード感溢れる音楽にのせてステージを喜びとエネルギーで満たしたのは、赤とピンクのコスチュームに身を包んだ7名のコール・ド・バレエのダンサーたちだ。フォワイエ・ド・ラ・ダンス(ウォーミングアップなどに使われる舞台裏のスペース)のシャンデリアの煌めきを背景に披露されたのは、昨年末にオペラ・バスチーユで公演が行われたピエール・ラコットのの『パキータ』からのポロネーズである。いつの間にか衣裳に着替えた二人の生徒を含め学校の生徒16名による熱演に、指揮者トーマス・ヘンゲルブロックも彼らにほほえみと拍手を送っていた。なお、この間にルドルフ・ヌレエフ が改訂した『海賊』を彼自身が踊る映像がステージ上で流されたのだが、いささか古ぼけた音楽と不鮮明な映像。観客は否応無しにオペラの歴史を遡ることになった。
オペラ作品は第1幕ではモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』第1幕から「行って、無慈悲な人」がテオナ・トデュア(ドンナ・アンナ/ ソプラノ)とローレンス・キルスビー(オッターヴィオ/テノール)によるデュエットで。血を感じさせる赤いセットがモノクロに一転し、ワーグナーの『タンホイザー』第3幕第一場から男性合唱団による「巡礼の合唱」が厳かに歌われた。ロッシーニ『ウイリアム・テル』第2幕第2場の「暗い森」では、赤いドレスに身を包んだリセット・オロペサ(皇女マティルド/ ソプラノ)が澄んだ高音を煌めかせれば、舞台上の二人の生徒はうっとりと。フアン・ディエゴ・フローレス(テノール)がヴェルディの『イェルサレム』第2幕第7場の「今一度耳にしたいのは」を朗々と歌い上げ......。
続く第2幕ではトーマス・ダンフォードのリュート演奏でレア・デザンドレ(メゾソプラノ)がレイナルド・アーンの「ネエール」を披露。ルドヴィック・テジエ(ヴォルフラム /バリトン)によるワーグナーの『タンホイザー』第3幕第2場「夕星の歌」に続いて、女性コーラスとプランヴェラ・レネール・シコ(ソプラノ)が大樹の前でメンデルスゾーン『真夏の夜の夢』のフィナーレ「死んでまどろむ暖炉の火で」の美しいハーモニーで背景の森を満たした。ガラを締めくくる楽曲に選ばれたのはグノーの『ファウスト』の第2幕第5場から、おなじみのワルツ「そよ風のように」だ。男女コーラスを従え、ファウストがフアン・ディエゴ・フローレス(テノール)、マルグリットがリセット・オロペサ(ソプラノ)、メフィストフェレスがルドヴィック・テジエ(バリトン)、シーベルがレア・デザンドレ(メゾ・ソプラノ)レという豪華な顔ぶれの饗宴である。彼らの周囲を舞踏会さながらに3組のダンサーたちがワルツを舞い、最後には『パキータ』を踊った生徒たちも加わって華麗にガラの幕が閉じられた。
ステージ上で展開される映像や演劇的シーンにはオーケストラによる演奏、弦楽四重奏の伴奏があり、舞台転換も鮮やかで観客の心をステージで起きることに引きつけ続けた演出を担当したのは、パリ・オペラ座アカデミー出身のヴィクトリア・シッチャである。ルイ・サディによる効果的かつ美しい照明、ルーシー・マジエールによるガルニエ宮のステージを巧みに活用したセット・デザインもガラの成功の一端を担っていた。ガルニエ宮の過去・現在・未来が盛り込まれ、オペラファンもバレエを楽しめ、バレエファンもオペラを楽しめ、という趣向の2時間30分。水先案内人を務めた可愛らしい生徒二人の大活躍も功を奏し、アップテンポに展開した。ガルニエ宮150周年を祝うにふさわしい素晴らしい祭典だったといえる。
大村真理子(パリ在住、エディター)