〈マラーホフの贈り物〉ファイナルへの想い ウラジーミル・マラーホフ インタビュー

2013年日本公演を控え、本拠地ミラノで『リゴレット』を振ったグスターボ・ドゥダメル。ヴェルディ・オペラのデビューとなったこの公演は、あらためて若き天才の魅力をあらわすものとなりました。現地でのインタビューをご紹介します。

 グスターボ・ドゥダメルの両腕がゆっくりと振り下ろされる。トランペットのユニゾンが厳かに響き、まだ少しだけざわめきの残っていた客席が一瞬にして静寂に包まれる。張りつめられた緊張感というよりは必然的に音楽に誘われていく何か魔力のようなものを感じる。ヴェルディ中期の傑作『リゴレット』。暗澹たる末路を予感させる前奏曲から煌びやかな舞踏会への転換は、その中に要するあらゆる色彩を描きだすことのできるマエストロのみが聴衆に伝えられる。あくまでも自然体であろうドゥダメルの指揮ならではの業。作曲家の意図を誇張することなく人々に届けることができるのである。
 音楽は自分ひとりの力だけでは決して成り立たないとドゥダメルは言う。スカラ座のオーケストラから秀逸の響きを、そして歴史を感じさせる柔軟で威厳のあるアンサンブルを引き出すことはもちろん容易なことではない。
 『ドン・ジョヴァンニ』(2006年)、そして『ボエーム』(2008年)とけん引した若き天才の出現はミラノの聴衆を驚かせた。そして今回、いよいよヴェルディ・オペラでのデビューを迎えた。「スカラ座ではオペラの他にいくつかの管弦楽曲を振ってきました。2001年がここでのデビューでしたので20歳になったばかり。17歳から音楽監督を任されている自国ベネズエラのユース・オーケストラとともにやってきてここ殿堂の舞台に上がったその時の興奮を今も忘れません」。その後、ラテン作品やマーラーの交響曲などを幾度となく演奏する中で、スカラ座のオーケストラとの間合いをさらに確実なものにしていく。
 オーケストラとの疎通はすでにこどもの頃からはじまっていた。6歳の頃、自宅にあったベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ニューヨーク・フィルなどのレコードを繰り返し聴いては、カラヤンやバーンスタインのような特徴のある指揮者の振り真似に明け暮れる毎日。人々を集めてそれを見せることこそが最高の遊びとなった。また、その遊びを後押ししてくれたのが、ベネズエラの“エル・システマ”という教育制度である。
「幼少より“エル・システマ”の中で音楽を学びました。この制度は、南米ではほぼどこでも共通しているような政治腐敗や貧困の渦中にあるこどもたちを庇護するだけでなく、自分たちの明日を夢みられるよう、またそれが実現に向かうように施されたものです。音楽を通して健全なこどもたちを育てていこうと、我われの永遠の師、アブレウ博士が1975年にはじめました」。この制度が敷かれてからベネズエラ国民の音楽への関心は一転する。こどものみに限らず国民のすべてが音楽の虜になったといっても過言ではない。優に100を超えるオーケストラが国内には存在していて、その中の選りすぐりによって編成されるシモン・ボリバル・ユース・オーケストラがその中核を成す。ドゥダメルは10歳でヴァイオリンを始め、そして12歳にして運命の時が訪れる。「コンサートの本番を前に予定されていた指揮者が現れず、ヴァイオリンを抱えていたわたしが自分の意志で指揮台に向かったのです。まあ、リハーサルですから最初はこどもの頃にやっていた有名指揮者を真似ながら周りの興味を惹き、しかし音を紡ぎながら次第に自分の世界へと没頭しはじめました。遅れてきたマエストロがその演奏にわたしの資質を見抜きコンサートを任され、その2週間後にはこのユース・オーケストラのアシスタント指揮者として活動をはじめることになったのです」。
 稀な才能がことに注目を集める自国の教育制度とうまく融合したこともあり、時代の波はドゥダメルを包みこんだ。クラウディオ・アッバード、ダニエル・バレンボエム、サイモン・ラトルといういわば世界の巨匠たちが手を差し伸べて、まだ若いベネズエラの気鋭を世界最高峰の舞台に押し上げたのである。「たしかに恵まれ過ぎていたのかもしれません。多くの方の支援を受けながら、また歴史に名を刻むマエストロたちに教えを乞うこともできました。アッバードからは音楽に潜む魔力を学び、バレンボエムからは哲学を、そしてラトルにはいつどんな時も基本に忠実であるべきと教わりました」。
 ドゥダメルの驚くべきことのひとつに、若くしてすでに次世代を担う音楽家の育成に力を注いでいるという点があげられる。世界中から引く手あまたであり、息つく暇すらない人気指揮者のどこにそのような余裕があるのかと尋ねればこのように返ってきた。「育てているとは思っていません。創造することで相互的に前進しているのです。わたし自身がそのような環境下で成長してきましたのでただ自然の流れに沿っているだけでしょうか。よい転換期にあったベネズエラで生まれたこと、素晴らしい多くの指導者に恵まれたことに感謝しています」。
 オペラが終わりスカラ座は喝采に包まれる。ジルダに手を引かれた若きマエストロが舞台に姿を現わし満面の笑顔で客席に応える。
 幸せを分かち合うために音楽はある。大切なのはインスピレーションを信じること。そして自然な思いをありのままに伝えること、それがドゥダメルの持論である。

ミラノ・スカラ座2013年日本公演(2013年3月発売開始予定)
「ファルスタッフ」

会場:東京文化会館

2013年
9月4日(水)/ 9月6日(金)/ 9月8日(日)/9月12日(木)/9月14日(土)

【予定される主な配役】
サー・ジョン・ファルスタッフ:アンブロージョ・マエストリ
フォード:ファビオ・カピタヌッチ
マッシモ・カヴァレッティ
フェントン:アントニオ・ポーリ
アリーチェ:バルバラ・フリットリ
ナンネッタ:イリーナ・ルング
クイックリー夫人:ダニエラ・バルチェッローナ

ミラノ・スカラ座2013年日本公演(2013年3月発売開始予定)
「リゴレット」

会場:NHKホール

2013年
9月9日(月)/9月11日(水)/9月13日(金)/9月15日(日)

【予定される主な配役】
マントヴァ公爵:ジョセフ・カレヤ
リゴレット:レオ・ヌッチ、ゲオルグ・ガグニーゼ
ジルダ:エレーナ・モシュク、マリア・アレハンドレス
スパラフチーレ:アレクサンドル・ツィムバリュク
マッダレーナ:ケテワン・ケモクリーゼ

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