英国ロイヤル・バレエ団 2016年日本公演 「ジゼル」全2幕 説得力あふれるドラマティック悲劇ピーター・ライト版

 ロマンティック・バレエの真骨頂、『ジゼル』。1841年の初演以降、現在にいたるまで脈々と上演され続けている理由は、完成された様式美はもちろん、時代を超えて人々の心を打つ物語にあるといえるだろう。英国ロイヤル・バレエ団が1985年以来550回以上にわたって上演してきたピーター・ライト版『ジゼル』においても、演劇の国らしい様々な工夫が施され、物語に説得力を持たせることに主眼が置かれている。それぞれのキャラクターの個性や感情、行動にそれを裏付ける背景や動機があり、現代の観客が観ても深く共感できるような自然主義的なアプローチが特色だ。
 中でもピーター・ライト卿がこだわったのが、ジゼルの死に方。多くのバージョンでは、ジゼルは心臓が弱いために、恋人アルブレヒトの裏切りを知ったショックで死んだことになっているが、ライト版では1841年の初演時と同じく、ジゼルがアルブレヒトの剣をとって自殺する。だからこそ、彼女は神聖な教会の墓地ではなく、森の奥深くにひっそり葬られることになったのだ。そんなジゼルの悲しい運命を予言するかのような、母ベルタによる長いマイムが挿入されているのもライト版の特徴。はなからアルブレヒトを信用しないベルタは、ジゼルに向かって、婚前に男に捨てられて死んだ娘がウィリとなって蘇り、森に彷徨いこんだ男性たちを踊らせて死に至らしめるという伝説を語るが、このマイムのシーンのベルタはまるでウィリの女王ミルタが乗り移ったかのような気迫に満ちている。ジゼルの父親の不在は、ベルタもまた過去に貴族の男性に捨てられ、ジゼルを私生児として生んだことを暗示しているのではないか――ライト卿の解釈は、娘には自分と同じ過ちを犯してほしくないという母の切実な願いを浮き彫りにする。そしてウィリたちも、ただの美しい妖精ではない。彼女たちは、男たちに弄ばれ、選ばれなかった悲しみを憎しみへと変え、復讐心のもとにつながった怖い"女子同盟”なのだ。男たちにとってこれ以上に恐ろしい悪役がいるだろうか…‥?
 男性登場人物もまた、善悪のはっきりした一面的なキャラクターにとどまることはない。アルブレヒトは、愛してもいない相手と婚約したばかりに、現実逃避のために始めたはずの戯れの恋に本気になってしまう、弱さを持った等身大の人間として描かれる。ヒラリオンも、単なる悪役というよりはむしろ、粗野ではあるが一途にジゼルを愛する一本気な男として描かれており、突如現れたアルブレヒトにジゼルを奪われ、その愛ゆえにウィリの手によって死に至る不運な役回りには同情すら感じさせる。
 そして、これらのキャラクターたちが語る物語に一層の深みを与えるのが、ジゼルの狂気の場面を挟んで展開される、1幕と2幕の対照的な世界の描き方である。1幕では、葡萄の収穫を祝う村人たちが、つかの間の現世での生を確かめるように、重心を下にして地に向かうようなステップを繰り返す、2幕では対照的に、重力を感じさせないステップがウィリたちの実体のなさを強調する。英国バレエ美術の第一人者ジョン・マクファーレンによる、豊穣の秋の色彩に満ちた人間世界と、月明かりに照らされた色のない荒涼とした世界の対照も見事だ。これらの要素すべてが融合することで、アルブレヒトへの愛とウィリとしての使命とのはざまで揺れるジゼルが、愛の力でアルブレヒトへの復讐を止め、彼を許し贖罪に至る結末が、よりリアリティをもって現代に生きる我々の心を打つ。
 今回3年ぶりの来日でタイトルロールを踊るのは、ロイヤル・バレエ団を牽引する個性派プリンシパルたち。溌剌とした村娘がはまり役だからこそ、その後の悲劇が一層ドラマティックになるマリアネラ・ヌニェス、神業としか思えない高さのジャンプで文字通り"この世のものならぬ”ジゼル像を具現化してみせたナターリヤ・オシポワ、理想的なバレリーナ像そのままの恵まれた容姿と可憐な花を思わせる繊細な踊りが魅力のサラ・ラム、どこまでも自然体の演技で英国バレエの真髄を体現するローレン・カスバートソンという4人のプリンシパルが見せるジゼルはどれもそれぞれユニーク。ロンドンでは主演キャストの違う日を連日鑑賞して楽しむ観客が多くいるのも納得できるほど、様々な解釈のジゼルを期待することができるだろう。

2016年日本公演
英国ロイヤル・バレエ団

「ロミオとジュリエット」(全3幕)

【公演日】

2016年
6月16日(木)6:30p.m. ジュリエット:ローレン・カスバートソン/ロミオ:フェデリコ・ボネッリ
6月17日(金)6:30p.m. ジュリエット:ヤーナ・サレンコ/ロミオ:スティーヴン・マックレー
6月18日(土)1:00p.m. ジュリエット:サラ・ラム/ロミオ:ワディム・ムンタギロフ
6月18日(土)6:00p.m. ジュリエット:ナターリヤ・オシポワ/ロミオ:マシュー・ゴールディング
6月19日(日)1:00p.m. ジュリエット:マリアネラ・ヌニェス/ロミオ:ティアゴ・ソアレス

会場:東京文化会館

「ジゼル」(全2幕)

【公演日】

2016年
6月22日(水)7:00p.m. ジゼル:マリアネラ・ヌニェス/アルブレヒト:ワディム・ムンタギロフ
6月24日(金)7:00p.m. ジゼル:ナターリヤ・オシポワ/アルブレヒト:マシュー・ゴールディング
6月25日(土)2:00p.m. ジゼル:サラ・ラム/アルブレヒト:スティーヴン・マックレー
6月26日(日)2:00p.m. ジゼル:ローレン・カスバートソン/アルブレヒト:フェデリコ・ボネッリ

会場:東京文化会館

【入場料[税込]】

S=¥25,000 A=¥22,000 B=¥19,000 C=¥15,000 D=¥11,000 E=¥8,000