新『起承転々』〜漂流篇VOL.3 AI恐るべし

AI恐るべし

  去る4月29日と30日、東京文化会館において〈上野の森バレエホリデイ〉と題し、さまざまなバレエ関連のイベントを催した。東京バレエ団による子どものためのバレエ「ドン・キホーテの夢」をはじめ屋外での特設ステージでの〈ダンス&クリエーション〉、大ホールのホワイエを使った“バレエ・マルシェ”やバレエ衣裳やレオタードのファッションショー、さらには上野公園の噴水前の広場で〈フラッシュモブ〉などなど、盛りだくさんの内容だった。東京文化会館がコールデンウィークで子ども連れの行楽客で賑わう上野公園の一角にあることもあって、来場者数は2日間で3万人を超えた。
 我々舞台芸術に携わる者の共通の悩みは、観客の高齢化が進んでいるにもかかわらず、若い世代の観客が育っていないということだ。オーケストラ、オペラ、バレエ、どのジャンルの団体も子ども向けのイベントを開催し、子どもたちに舞台芸術を好きになってもらおうと必死だ。あのマクドナルドは、食の好みは子どものときに決まってしまうことから、子どもたちにハンバーガーを食べさせることによって、一生涯マクドナルドのハンバーガーを食べ続けてもらおうという戦略をもっているらしいが、舞台芸術においても子どものときの刷り込みは、その後の人生に影響を与えるようだ。大人になってからオペラやバレエ、オーケストラのコンサートに接しても、なかなか好きになってもらえないように思う。子どものときの感動体験は、生涯の財産になるのではないか。
 想像力や創造力を養うことがいかに重要かは、昨今しきりとマスコミに取り上げられるAI(人口知能)に関する報道によって思い知らされる。将棋や囲碁の世界でAIが人間を負かすというのは、すでに大きなニュースではなくなってしまっている。現実のほうがもっと先に進んでいるのだ。日本政府は2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでにAIを使った同時通訳システムを実用化するというが、コンピューターが人間の言葉を巧みに操る時代はもうすぐそこまで来ているらしい。そのころには人は配偶者よりAIと会話するほうが多くなるという予測もある。自動車の完全自動運転も2025年には実現するという。研究開発や企画・設計、医療などの分野も大きく様変わりしそうだ。SF小説の世界だけの話だと思っていたものが、次々に現実のものになっているのだ。AIは社会を良くするかもしれないが、日本の労働人口の49パーセントが、将来はAIやロボットに置き換えられる可能性が高いと唱える学者もいるから、AIにどんどん仕事を奪われることになりかねない。悪事に利用されることも十分考えられる。その人の感情、年齢、教育水準など、声からわかる情報は厖大にあるという。AIの進化に合わせてプライバシー保護の対策をどうするかも大きな課題になりそうだ。AIやあらゆる物がインターネットを通じてつながるIoTは、これからさらに加速度的に進化を続けるだろうから、10年後には現在の我々がまったく想像できない世界が現出しているかもしれない。
 数か月前のある雑誌で、AIの普及によって今後消える職業100と残る職業100という特集を目にした。音楽・舞台関係の仕事は残るほうに入っていて少しはホッとしたが、今後はAIが得意な分析などは機械に任せ、人間は創造的な仕事に専念することになるという。これからのビジネスパーソンは、よりアイディア創造力やホスピタリティといった情緒面を磨く必要があるようだ。人間の価値が創造的であるかどうかで判断されるようになったら大変だ。若者たちが職業を選択する基準も、AIに仕事を奪われる可能性の低い仕事になるのではないか。そうなれば当然、学校教育だって変わらざるを得ないだろう。 これからの時代、とくに若い人たちは人間固有の能力、すなわち創造力を養い、情緒面を磨くことが求められるようになるのは、どうやら間違いなさそうだ。我田引水的な論理かもしれないが、そのためには感性を刺激する舞台芸術の感動体験が、今まで以上に大きな意味をもつかもしれない。NBSは先の〈上野の森バレエホリデイ〉に引き続き、今年の夏には〈第5回めぐろバレエ祭り〉をめぐろパーシモンホールにおいて5日間にわたって開催する。子ども向けの「ねむれる森の美女」をはじめ、小さな子どもから大人まで楽しめるさまざまなバレエ体験イべントを催すが、目の前に迫っている恐るべきAI時代に備えて、とりあえず、ひとりでも多くの子どもたちに舞台芸術の感動を味わってもらいたいと願っている。