新『起承転々』〜漂流篇VOL.5 蘇るモーリス・ベジャール

蘇るモーリス・ベジャール

 「《変貌》とは《再生》ということ。私が死ぬと土になり、土は花となり、花は香り、香りは人の思想となる」と、20世紀を代表する芸術家のひとりモーリス・ベジャールは言った。ベジャールは高名な哲学者ガストン・ベルジェの息子で、バレエに哲学を持ち込んだといわれるが、彼が死去して今年で10年になる。ベジャールの舞台は舞踊でありながら演劇であり、音楽であり、詩であり、同時にそれらを超えている。昨年亡くなった蜷川幸雄氏もベジャールの影響を受けた一人だ。「ベジャールは越境者だ。ある種の領域を侵犯し、侵略していく。領域を軽々と超えている人」と語っているが、ベジャールは時間さえも超越している。
今秋の11月22日にベジャールの10回目の命日を迎える。10年前にベジャールの訃報に接したときのショックは忘れられない。人間は誰しも必ず死ぬものと思っていても、真っ先に思ったのは「ベジャールも死ぬんだ」ということだった。どこかでベジャールのような偉大な人間は死なないと思い込んでいたのだ。今年はベジャールの没後10年であるとともに、ベジャール・バレエ団の前身である「20世紀バレエ団」の初来日から50年目にあたる。NBSの創立者佐々木忠次が初来日公演を実現させたのだが、ボリショイ・バレエ団の初来日が60年前だから、当時の日本のバレエを取り巻く状況から考えると、相当時代を先取りした招聘だったといえよう。そのとき『ボレロ』や『春の祭典』『ロミオとジュリエット』などを目の当たりにした観客が受けた衝撃は容易に想像できる。
こうした記念の年にちなみ、NBSでは今秋モーリス・ベジャール・バレエ団の日本公演をはじめ、『蘇るモーリス・ベジャール』と題しベジャールの偉業を次の世代に伝えるべくさまざまな記念イヴェントを企画している。ベジャールは300を超える作品を創作し、数々の名作を残しているが、多くの人にとって一番なじみがあるのは『ボレロ』だろう。1981年のクロード・ルルーシュの映画『愛と哀しみのボレロ』で、ジョルジュ・ドンが『ボレロ』を踊って人気が燎原の火のように広がっていった。翌1982年の20世紀バレエ団の日本公演の演目『エロス・タナトス』にショナ・ミルクが踊る『ボレロ』が含まれており、それがテレビ放送されたこともあって、日本のバレエ・ファンの間で『ボレロ』が広く認知されるようになった。その後、ジョルジュ・ドンを東京バレエ団のゲストに招いて全国ツアーを2度行ったが、ファンの熱狂ぶりは「ドンちゃん騒ぎ」と当時絶頂の写真週刊誌に皮肉られるほど凄まじいものだった。ジョルジュ・ドンの後、“100年にひとりのプリマ”シルヴィ・ギエムが『ボレロ』を踊り、全国ツアーを7回実施している。ベジャールが踊ることを許可した東京バレエ団のダンサーも『ボレロ』を踊っているが、それらを含めて『ボレロ』の生の舞台を観た人は、国内だけでざっと計算しても延べ90万人は下らないだろう。日本ではジョルジュ・ドンの『ボレロ』、シルヴィ・ギエムの『ボレロ』で有名になったが、本来は作品を創ったモーリス・ベジャールの『ボレロ』と認識されなければならないはずだと思い続けてきた。『ボレロ』は偉大なる死の儀式だとベジャールは言ったが、今秋の10年祭で上演する『ボレロ』は、作者ベジャールの魂に捧げるものだ。
芸術の役割は人々に感動を与え、心の生活を豊かにすることだといわれるが、ベジャールの『ボレロ』を観た人は誰もが感動を覚えずにはいられないだろう。少なくても『ボレロ』を観る前と観た後では心に何らかの変化が生じたはずだ。従来のバレエの枠組みを大きく拡大させたという点で、ベジャールはもっと評価されなければならないと思っている。そうした思いが今回の『蘇るモーリス・ベジャール』の企画に込められている。人間の価値はいかに多くの人に影響を与えることができたかで決まるといわれるが、ベジャールほど他ジャンルの多くのアーティストたちの創作意欲を刺激した人も少なくないだろう。日本人でも三宅一生氏、横尾忠則氏、坂東玉三郎丈らが一緒に仕事をしているが、その発信力が20世紀のダンス史において、バレエ・リュスのディアギレフとともにベジャールがもっとも重要な人物に挙げられるゆえんだ。
私も幸いにしてベジャールの謦咳に接することができた一人として、ベジャールの功績を語り継ぐ義務があるように感じている。一つの生は終ってもそのエネルギーは滅びず、次の生命に引き継がれ、変貌をとげながら再生を重ねる。生と死と再生の環は、ベジャールが繰り返し私たちに伝えてきたメッセージだ。語り継ぐことによってベジャールは生き続ける。没して10年、ベジャールの思想がさらなる《変貌》を人類にもたらさんことを。