新『起承転々』〜漂流篇VOL.11 人生100年時代

人生100年時代

 ここのところ、やたらに「人生100年時代」という言葉が目につく。政府の人口推計によると、2015年に50歳だった人の10人にひとりは100歳まで生きるらしいし、2007年日本で生まれた子どもの半分は、107歳まで生きると予測しているようだ。そのため内閣府も経済・社会システムはどうあるべきかを考える「人生100年時代構想会議」を立ち上げている。医学や科学や進歩のおかげなのだろうが、「人生50年」という言葉が耳になじんでいる世代にとっては、突然「人生100年」と言われても戸惑うばかりだ。気がつけばいつのまにか超高齢化社会に突入していたのだ。問題は生き方や死生観が「人生50年」のままで、現状に新たな価値観が追いついていないことだ。長寿がめでたかったのは昔の話、いまはあれやこれや不安ばかりが先に立つ。健康不安、経済不安、政治不安、人間関係の不安、何かしらみんな怯えて暮らしているのではないか。「人生100年、何がめでたい」と呟く声があちこちから聞こえてきそうだ。
 新聞を開けばAIに関する記事ばかりが目立つ。世の中が猛烈なスピードで動き、めまぐるしく変化している。いまさらジタバタしても仕方がないが、いま生き方の大転換を迫られているのは確かだ。この先、舞台芸術の世界もどうなるかまったく見当がつかないが、われわれのもっとも大きな課題は、少子高齢化の時代における観客層の拡大にあると思っている。テクノロジーの急激な進歩に対抗して、人間らしさを追及し、感性と思考力を磨く機会をいかに多くの人々に提供できるかが、われわれの使命ではないかと最近つくづく感じる。YouTubeでの映像を見て、オペラやバレエを分かった気になっている若者たちにどうしても生の舞台を体験させなければならないと思っている。生の舞台の臨場感や観客同士が感動を分かち合う共生感といったものが忘れ去られないうちに手を打たなければと、焦りすら覚えてしまう。
 その一つの試みが昨年から東京文化会館で始めた「バレエと出会おう、バレエで遊ぼう」をスローガンに掲げた「上野の森バレエホリデイ」だ。バレエに対する敷居を低くし、どこからも入れるように、できるだけたくさんの入口をつくろうとしている。昨年の「上野の森バレエホリデイ」は、ゴールデンウィークの初っ端というタイミングと、上野公園というロケーション、それに家族で楽しめる催しが盛りだくさんだったこともあって、初回であまり存在が周知されていなかったにもかかわらず、3万2千人の来場者があった。
 今年は期間と規模を大幅に拡大するので、8万人の来場者を見込んでいる。予定している主なものを挙げると、大ホールでの東京バレエ団による『真夏の夜の夢』、小ホールでのNoism1による『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』、屋外特設ステージにおける東京バレエ団の有志による「ダンス&クリエーション2018、東京シティ・フィルのアンサンブルによるバレエ音楽を中心にした「ホリデイ・ミニ・コンサート」ほか、各種イベントが目白押しだ。無料イベントもたくさんある。さらにこの「上野の森バレエホリデイ」を盛り上げるため、最近バレエに力を入れているWOWOWの協力を得て、屋外に設置した巨大モニターによるパブリック・ビューイング、さらには隣接する国立西洋美術館との連携したイベントも予定している。上野公園一帯は美術館や博物館など文化施設が多く、それらが東京五輪を見据え連動して上野「文化の杜」として活動することが期待されている。この「上野の森バレエホリデイ」も一定の役割を担えるものと思っている。
 AI時代はこれまでの生き方を根本から考え直す必要に迫られているように感じる。機械に任せてできることはどんどん機械に任せ、人間はいかに楽しく豊かに暮らすかを考えたほうがいい。そうなると人間ならではの想像力や創造力を刺激する舞台芸術の感動が、いままで以上に重要になってくるのではないかと思っている。
 初回の「上野の森バレエホリデイ」は若い家族連れが多かったが、今回は東京文化会館の小ホールを使ったNoismのコンテンポラリー公演をはじめ「おとなマルシェ」や「バレエ大学」での講座、「バレエBAR」でのバレエとお酒の素敵な関係のトークなど、大人が楽しめる企画も盛り込んでいる。美術展に行って感じるのは高齢の人が多いことだが、舞踊は人類が誕生したときからの根源的な身体表現だから、老若男女を問わず本能的に感動してもらえると思う。美術展に足を運ぶ感覚で気軽にバレエに接し、生きる喜びを見つけ出してもらいたい。時は若葉が萌える1年で一番良い季節。季節を人生に例えれば、ゴールデンウィークはまさに「青春」真っ盛りだ。「人生100年時代」になったのだから、実年齢から2割ほど割り引いてもおかしくないのではないか。高齢だからといって臆することなく、心は「青春」に立ち返って、どうぞルンルン気分で「上野の森バレエホリデイ」へお出かけください。