数ある古典バレエのなかでも華やかでとびきり楽しい名作がスペインを舞台にした『ドン・キホーテ』だ。キトリとバジルの恋物語を軸に多様な性格を備えた登場人物が活躍し、変化に富む踊りを満喫できる。セルバンテスの小説を下敷きにしたこのバレエは1869年、プティパにより初演された。1900年に初演の地ボリショイ劇場でゴールスキーが改訂した版を基に今日世界中で多くの版が上演されているが、東京バレエ団によるウラジーミル・ワシーリエフ版は掛け値なしの傑作である。
2001年6月、初演初日を見た際の高揚感を忘れない。キトリの斎藤友佳理(現・芸術監督)、バジルの高岸直樹(現・特別団員)はもちろん街娘のメルセデスや花形闘牛士のエスパーダをはじめとするソリスト、アンサンブルが一体となって繰り広げる数々の魅惑的なダンス、自らを遍歴の騎士だと思い込んだドン・キホーテやキトリに求婚する風変りな貴族のガマーシュらの生気に満ちた演技に惹きつけられた。情熱的でありながら自然体なのが印象的で、まさに全員が「役を生きている」と得心させられたのである。
魔法にかけられたような名舞台を生み出したワシーリエフは、ご存知のようにボリショイ・バレエにおいて公私のパートナーのエカテリーナ・マクシーモワとのコンビで一世を風靡したレジェンドだ。プティパ/ゴールスキー版を知り尽くしたワシーリエフはその美点を生かしつつテンポを重視した。そのため通常は全3幕で上演されるところを2幕構成に変え、冗漫な個所を省いて一気呵成に進める。とはいえ第1幕第1場「祭りでにぎわうバルセロナの広場」、第2場「ジプシーの野営地」、第3場「夢の場面」、第2幕第1場「居酒屋」、第2場「結婚式」と続く展開に隙はない。またプロローグでドン・キホーテの前に憧れの姫ドゥルシネアが現われ、その後の物語へ巧みに誘う工夫も凝らされている。野営地でエスパーダとジプシーたちが披露する力強い跳躍の連続など男性舞踊手の踊りの見せ場も豊富で迫力十分だ。
ワシーリエフは初演時の各インタビュー取材に対し「群集が大切で、一人ひとりが生み出すパワーが祝祭感を高める」といった趣旨の内容を度々語っているが、長年ボリショイ劇場で培ってきた豊富な経験が惜しみなく注入されたことは疑いない。伝統を受け継ぎながら現代のテンポにも合ったワシーリエフ版『ドン・キホーテ』は古典継承のあるべき姿の一つではなかろうか。ヴィクトル・ヴォリスキーの装置、ラファイル・ヴォリスキーの衣裳も特筆したい。ロシアの工房で製作されたが、煌めくような色彩感にうっとりさせられる。
初演から19年、ワシーリエフ版『ドン・キホーテ』は再演を重ね、21世紀の東京バレエ団躍進の原動力となった。2003年以降は3年に一度開催される「世界バレエフェスティバル」の全幕特別プロの定番として海外からのゲストを迎えて上演し、多くのバレエ・ファンに親しまれている。2014年9月、創立50周年記念シリーズの一環として上演した時には、ワシーリエフが来日し初演翌年以来12年ぶりに指導を行った。公開リハーサルを観覧したが、御年70を超えた身ながら元気よく動き、ダンサーたちの踊りを見て「ハラショー!」とよく響く声で激励する。ここでも主役やソリストだけでなく「アンサンブルが大事」とチームプレイを説いていたが、その教えはバレエ団にとって貴重な財産であろう。
近年はワシーリエフ版に基づく子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』を全国各地で披露しているが、本編を東京バレエ団ダンサー主演で上演するのは実に5年ぶり。上野水香&柄本弾、川島麻実子&秋元康臣、沖香菜子&宮川新大のプリンシパル3組の競演で、川島と秋元、宮川は本編では初主演となる。オール東京バレエ団キャストでの上演から醸し出される温かくて親密な空気感は格別であるだけに、幸せな気分へと導かれ、忘れ得ぬ時間を過ごせるに違いない。
[高橋森彦 舞踊評論家]
7月18日(土)13:00
7月18日(土)17:00
7月19日(日)14:00
会場:東京文化会館
キトリ:川島麻実子(7/18昼)、上野水香(7/18夜)、沖香菜子(7/19)
バジル:秋元康臣(7/18昼)、柄本弾(7/18夜)、宮川新大(7/19)
■指揮:ワレリー・オブジャニコフ
■演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
S=¥11,000 A=¥9,000 B=¥7,000 C=¥5,000 D=¥4,000 E=¥3,000
※ペア割引[S,A,B席]、親子ペア割引[S,A,B席]あり。
★U25シート ¥1,000
※NBS WEBチケットのみで6/19(金)20:00から引換券を発売。
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