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2018/09/12 2018:09:12:16:38:20

ローマ歌劇場2018年日本公演『マノン・レスコー』 音楽稽古レポート

 初来日となる旬のディーバ、クリスティーネ・オポライスを主役に迎えて、9月16日に神奈川県民ホールで初日を迎えるローマ歌劇場『マノン・レスコー』。ゲネプロでもなくハウプト・プローベでもない、舞台に横並びになった歌手たちとオーケストラによるリハーサルが9月11日に東京文化会館で行われた。舞台セットは、翌日に上演される『椿姫』のままで、そこにクリスティーネ・オポライス、デ・グリュー役のグレゴリー・クンデ、ジェロンデ役のマウリツィオ・ムラーロ、エドモンドのアレッサンドロ・リベラトーレが並んだ。彼らは舞台の左側に並び、少し離れた右側に一人だけレスコー役のアレッサンドロ・ルオンゴがスタンバイしている。ソロ歌手は皆リラックスした私服だが、オポライスだけはリハーサルでの装いも華やかで、シルバーのジャケットとノースリーブのトップス、長い脚を際立たせるスリムパンツが印象的だった。


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 午前10時半から行われたリハーサルは、最初に各幕のハイライト部分の調整が行われ、10分の休憩をはさんだ後に一幕が始まった。華やかなイントロダクションの音楽が始まった瞬間、歌手たちも浮き浮きと身体を動かす。歌手全員が、プッチーニの音楽が好きでたまらないといった様子だ。ベテランのマエストロ、ドナート・レンツェッティの指揮は芳醇の極みを尽くしたサウンドをローマ歌劇場オーケストラが引き出し、それは色彩に例えるなら黄金の音だった。『マノン...』のどの録音からも聞こえなかったフルートの華やぎ、ハープの陶酔、弦のきらめきが立体的に飛び出し、ホールを満たした。ムーティ時代に鍛えられた楽員が半分以上いることも心強いが、熟練した指揮者であるレンツェッティはこのオーケストラから格別の響きを引き出す秘術を知っているようだった。


 歌手たちも本番並みに惜しみなく歌う。デ・グリューのクンデは上機嫌で、素晴らしい冒頭を歌ったエドガルド役のリベラトーレと若者同士の晴れやかな歌を歌う。テンポは変幻自在で、アッチェレランドが多用され、青春のドキドキするような胸の鼓動を音楽で表しているかのようだ。マノン・レスコーとデ・グリューの出会いのシーンは音楽的な興奮がピークに達したところで描かれるが、宿命の男女が向き合う瞬間は聖堂の中にいる心地がし、プッチーニが教会オルガニストの家系に生まれた音楽家であることが思い出された。


「最高の女優」と演出のキアラ・ムーティから絶賛されたオポライスは、硬質な中にふくよかな伸びやかさをもつ声で、その個性を一言で言い表すのが難しい。華やかさの中に厳しさがあり、無限の優しさや女性らしさも秘められている。音程は正確で、発声には高貴な気品が感じられる。デ・グリュー役のクンデによる「見たこともない美しい人」は前半の大きな聴きどころ。歌とオーケストラが溶け合ったときの至福は、言葉に尽くしがたい。


 この日のリハーサルは歌手全員が雲の上で遊ぶ音楽の神々のようで、皆プッチーニの王国にいる幸福感を噛みしめていた。ピットからは、始終マエストロ・レンツェッティの歌声が聞こえる。合唱部分もマエストロが大声で歌い、オーケストラもぞんぶんに歌う。濃密な歌とワイルドなエモーションに満ちたこの音は、「ローマの音」なのだろうか。劇場オーケストラのアイデンティティを感じた。


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 2幕では、レスコーとジェロンテはそのままで、デ・グリューとマノンはカヴァー歌手が歌った。マノン役のスヴェトラーナ・カシヤンはボリショイ劇場などで歌っている歌手らしいが、オポライスより小柄だがパワフルな発声で、美しい声を聴かせた。オポライスほどのカリスマ性はまだないが、実力派の歌手として今後出てくる逸材かも知れない。そして、この2幕でも、オーケストラが...やはり途轍もなく素晴らしい。レスコー役のルオンゴが、オケの音の渦の中にいることが嬉しくて仕方ない、という仕草で踊るように歌っていた。オペラ歌手が危険なパッセージも勇敢に歌うことができるのは、作曲家のスコアから大きな勇気をもらうからなのだろう。舞台を見守るプッチーニの「存在」をあらゆる瞬間に感じるリハーサルだった。終了は午後2時。歌手たちはこの後、舞台セットが組まれている神奈川県民ホールへ向かい、演劇面での調整を行った。1894年からローマ歌劇場のレバートリーとして上演されてきた名作『マノン・レスコー』の日本公演は、着々と完成に近づいている。


取材・文:小田島久恵(音楽ライター)



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