2019/03/01 2019:03:01:17:00:00[NBS最新情報]
ただいまロンドンの英国ロイヤル・オペラハウスでは、本年6月の日本公演でも上演するカルロス・アコスタ版「ドン・キホーテ」を絶賛上演中! 全15回の公演がすべてソールド・アウトしてしまうほどの人気を誇っています。盛り上がる現地の舞台を實川絢子さん(在ロンドンライター)に取材していただきました。ぜひご一読ください。
第1幕より~マリアネラ・ヌニェス(キトリ)
寒い日が続いた2月のロンドン。少しずつ日差しが春めいてきた2月半ば、太陽の光を待ちわびる人々の心を反映するかのように、底抜けに明るく鮮やかな彩りに満ちた全幕バレエ『ドン・キホーテ』がロイヤル・オペラハウスで開幕した。
鑑賞した2月23日夜公演の主演は、第一キャストのマリアネラ・ヌニェス/ワディム・ムンタギロフ組。振付のカルロス・アコスタが「キトリ役を踊るために生まれてきたダンサー」と絶賛するヌニェスは、1幕で登場するやいなや、その圧倒的な存在感と太陽のような輝きで、この舞台が彼女のものであることを証明して見せた。ヌニェスがいとも簡単にやってのける4回転ピルエットや高いジャンプ、ダイナミックなフィッシュダイヴは、すべてキトリの心からの喜びの表れであり、決してこれ見よがしなところがない。バジルを尻に敷いたようなコミカルなやり取りも実に自然で微笑ましく、愛に満ち溢れて観る者を笑顔にする。在団20年を迎えてなお、踊る喜び、恋する喜び、そして生きる喜びをこんなにもストレートに体現することができるヌニェスというダンサーの素晴らしさに、客席中が酔いしれているのを肌で感じた。
第3幕より~ワディム・ムンタギロフ(バジル)、マリアネラ・ヌニェス(キトリ)
そんなヌニェスの魅力にも負けない輝きを放ったのが、バジル役のムンタギロフ。エレガントな佇まいは、実は床屋の息子に扮装した王子なのではと思わせるところがあったが、打ち上げ花火のような超絶技巧を爽やかな笑顔で次々と決めていく様子に、観客は大興奮。ジャンプでは鮮やかに開脚して長く空中にとどまり、そのスケールの大きさと完璧な美に圧倒された客席からどよめきが沸きおこった。
この日は脇を固めるダンサーたちのパフォーマンスも秀逸。特に、アムールを踊った英国期待の新星アナ・ローズ・オサリバンは、急遽キトリの友人役も踊ることになり出ずっぱりだったが、羽が生えたように軽やかな踊りが新鮮で一際目を引いた。2011年ローザンヌ国際バレエコンクールで優勝した若手注目株マヤラ・マグリも、ラテンの情熱を体現するファンダンゴと優美なドリアードの女王という対照的な二役を踊り好演(3月のキトリ役デビューにも期待)。闘牛士エスパーダ役のオリジナルキャスト平野亮一も、自信に満ち溢れた男性的な踊りで観客を魅了した。ロイヤルの舞台に欠かせない名優たちによるドン・キホーテとサンチョ・パンサ、ロレンツォらの細かい演技も見応えたっぷり。舞台の隅々で多彩な人間模様が展開しており、一度と言わず何度観ても常に新しい発見があるはずだ。
第1幕より~平野亮一(エスパーダ)、ラウラ・モレーラ(メルセデス)
ロイヤル・バレエ団といえばその叙情的な演劇性を持ち味としており、派手なステップが目白押しの『ドン・キホーテ』は一見その対極にある作品のように思えるかもしれないが、アコスタは、人間味溢れる演技と臨場感に富んだリアルな演出、独創的な舞台美術と効果的な音楽の使い方を通じて両者を巧みに繋ぎ合わせ、一瞬たりも観客を飽きさせない、ロイヤルらしいエンターテイメント・バレエを生み出した。終演後、音楽を口ずさみながら幸せそうに帰路につく観客が多く見受けられたことが、その成功の何よりの証だろう。日本公演でも、層の厚い今のロイヤル・バレエ団の、これまでに見たことのない新たな一面を見出すことができるに違いない。
實川絢子(在ロンドンライター)