2021/09/29 2021:09:29:12:00:00[NBS最新情報]
Q 小林さんは「ブレルとバルバラ」の初演キャストのお一人ですね。創作の過程のことをお伺いしたいのですが・・・
小林十市 初演は2001年。ベジャールさん後期の作品ですね。一晩ものの作品としては最後の創作かもしれない。もともとは「リュミエール」という映像にもなっている作品からの抜粋です。
僕はソリチュードという役を踊っていました。革の着物のような、長い裾のある衣裳を着て踊るんですけど、デザイナーさんに本番間際まで修正の指示を出していたベジャールさんの姿が印象に残っています。この衣裳がなかなか大変で、踊るには軽すぎるんですよ。軽すぎて回転する際の衣裳のさばきが難しく、全体の流れをつくるのに苦労した思い出がありますね。
初演メンバーの中ではエリザベット・ロスがまだ同じ役を踊っています。20年同じ役を踊り続けられるってのは本当にすごいことです。
2002年の日本公演より。ソリチュードを踊る小林十市
歌詞と動きをどう結びつけるか
Q 「ブレルとバルバラ」は有名なシャンソンに振り付けられていますが、人の声にあわせて踊ることと、純粋な音だけにあわせて踊るのとでは、音のとりかたなどに違いはあるのでしょうか?
小林 人の声でも音だけの場合でも、ダンサーとして音のとりかたやタイミングは変わらないですね。違いをあげるとすれば、歌の場合は歌詞があって、言葉が意味づけされているから、それに動きでどう接点をもたせるか? というのがポイントになるんじゃないかな。例えばベジャールさんの「魔笛」なんかはもとがオペラで、完璧に歌詞があって、それに基づいて振り付けされていますね。
ただ......もしかすると初演と再演の違いはダンサーの音のとり方...に出るかもしれない。初演キャストは創作の過程から関わっているので、ベジャールさんが振り付けをつくっている段階から呼吸をあわせていく。それはいわば強みになるわけです。創作段階に関わっておらず、単純に振り付けを習っただけ、となるとそのニュアンスがわからないから、その意味で違いが出るかもしれないですね。
Q 「バレエ・フォー・ライフ」も初演から関わっている作品ですよね?
小林 僕に振り付けてもらったパートは「ミリオネア・ワルツ」、そのあとに「ウィンターズ・テイル」を踊るようになったんだけど、実はジルが推薦してくれたんですよ。「十市にきっと似合う!」って。ただ、ベジャールさんの中ではこのパートを踊る僕のイメージがなかったらしく、稽古はおろか、ゲネプロにいたるまで1回もみてくれなかったんです(苦笑)。代わりにジルが指導してくれました。だけど、本番が終わったらベジャールさんがやってきて「十市! いいじゃないか!!」と(笑)。
僕自身も「ウィンターズ・テイル」は踊りたいと願っていたし、ちょうど「ミリオネア・ワルツ」みたいなテンポが早く、テクニックで魅せる役から卒業したいって思っていた時期だったので、僕にとってはダンサーとして新しいステップ、違う表現に挑戦する転機になった役でもあります。その後、「ミリオネア・ワルツ」は若手のダンサーが踊ることが多くなりましたね。
「バレエ・フォー・ライフ」のカーテンコールより。中央はモーリス・ベジャール(1998年日本公演)
「ミリオネア・ワルツ」のテーマの1つは"今そこにないものをふりかえる"
Q クイーンの音楽には、作品にふれる前から興味はありましたか?
小林 実は踊るまでクイーンの音楽に触れる機会はほとんどなかったですね。曲の意味もよくわかってなかった。ただ、僕が踊っていたパートに関していうと、音楽のテーマのひとつが「今そこにないものを振り返る」というのは感じていました。この作品はツアーでも踊る機会が多かったので、振付が許す範囲で「どういう表現ができるか?」と色々とアプローチを変えて試してみたんですよ。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」をみて改めて、この曲(「ミリオネア・ワルツ」)は「メアリーのことを考えていたのかな」と思ったりもしています。
Q クイーンの生演奏で踊ったこともあると聞きました。
小林 パリの初演のとき、クイーンもきてくれましたがその1回だけですね。そりゃあ、エルトン・ジョンが歌うわけですからいつもと違いますよ(笑)。ベジャールさん自身が一番興奮していたんじゃないかな。最後の「ショウ・マスト・ゴー・オン」はこの舞台のためだけの特別な演出でしたね。
実はロンドンでミュージカル化しないか?っていう話も出ていたらしいんです。流石にベジャールさんが断ったって聞いていますが......もちろん、ダブル、トリプルとキャストを組めばロングランは可能だとは思いますけど、「ミリオネア・ワルツを三ヶ月半踊って!」って言われたら......考えますね(笑)
「バレエ・フォー・ライフ」、2019年パリ公演より
コロナ禍でも歩みつづけるということ
Q 今、改めて「バレエ・フォー・ライフ」をどのような作品だと思いますか?
小林......このコロナ禍でも歩み続けるってことなんじゃないか、と思いますね。「ショウ・マスト・ゴー・オン」ですから。
日本に帰国する前、オランジュにカンパニーがきていたので、舞台を観て「良い作品だな」と改めて思いましたね。観る人の心を動かしてくれる、そんな作品です。
Q 新しいダンサーも増え、カンパニーにも活気があるように感じます。
小林 色々なダンサーがいるんですよ。異分野とのコラボレーションにも積極的な子、ポワントを履いて踊る男の子、身体能力の高い子......エリザベット・ロスは僕と同い年なんですけど、身体の状態は良いし、踊りながら作品の指導もしている。改めてすごいなーって思いますね。そうそう、東京バレエ団から移籍した岸本秀雄くんも4シーズン目をむかえてだいぶ馴染んできました。
同じベジャールさんの作品でも、僕が踊っていたときとは変わってきています。ジルとも話をしましたが、「時代が違えばダンサーが違う、ダンサーが違えば身体が違うから同じ踊りにはならない」という彼の言葉に妙に納得しました。かつてのベジャール・バレエ団と同じような方向性の追求でもないと思うし、今の踊りで、今のダンサーたちが踊るというのは、そういうことなんだろうな、と改めて思いましたね。