2025/05/26 2025:05:26:18:30:00[NBS最新情報]
【速報】オーストラリア・バレエ団開幕記者会見&公開リハーサルレポート
5月30日から、15年ぶりにオーストラリア・バレエ団の日本公演が始まります。開幕直前の5月26日に開かれた記者会見には、芸術監督のデヴィッド・ホールバーグとともに、ルドルフ・ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の作品指導をつとめるシルヴィ・ギエム、主役キャストであるプリンシパル・アーティストの近藤亜香とチェンウ・グオが登壇しました。
左からチェンウ・グオ、シルヴィ・ギエム、デヴィッド・ホールバーグ、近藤亜香
ホールバーグ芸術監督はギエムの横で微笑みながら、開幕を目前に控え「バレエという芸術に敬意を持ってくださっている日本で公演できることを嬉しく思います」と語ります。
>ホールバーグ
「ヌレエフ版の『ドン・キホーテ』(以下ドンQ)は、オーストラリア・バレエ団の歴史において重要な作品です。ヌレエフはかつてこの作品を私たちのために振付け、映画版も作ってくれました。
私がシルヴィをコーチとして招いたのは、彼女がヌレエフを個人的にもよく知っていて、多くの作品を一緒に作ってきた伝説の人だからです。彼女には"目"となってもらい、私たちのドンQを監修していただきました。シルヴィは、ダンサーひとりひとりが自分らしくあることを許してくれるコーチです。芸術監督や振付家というものはダンサーを型にはめようとしがちですが、彼女はダンサーそれぞれの個性を生かし、その存在を認めたうえでコーチしてくれました」
ギエムが日本において記者会見に応じるのは2018年の世界文化賞を受賞して以来初のこと。久しぶりに登場した伝説のバレエダンサーの変わらぬ姿に、大きな拍手が沸き起こりました。
オーストラリア・バレエ団芸術監督デヴィッド・ホールバーグ
>ギエム
「シルヴィ・ギエムです。昔、少しばかりダンスを踊っていた者です(笑)。私がイタリアで犬やロバなどの動物と戯れているときに、こちらのクレイジーな方(注:ホールバーグのこと)から連絡をもらい、コラボレートすることになりました。
ヌレエフはとても聡明で、舞台に対して愛を持っている人でした。彼の作品にはインテリジェンスが必要です。ヌレエフ自身、ユーモアにあふれ――いつもではなかったですが(笑)――、ウィットに富んだ人だったので、それが作品にも出ていると思います。オーストラリア・バレエ団の舞台には、ヌレエフの知性や賢さが反映されていると感じています。
そしてヌレエフ版には、ダンサーたちのポテンシャルを引き出す可能性があります。ダンサー自身が演技をする余白があり、自分なりにキャラクターを探れるので、人間らしさを出せるのです」
シルヴィ・ギエム
>ホールバーグ
「シルヴィはダンサーたちの人間性を引き出してくれます。ドンQはテクニック面で高度なものを求められるので、サーカスのようになってしまうことがあります。もちろんテクニックは重要ですが、舞台上でダンサーたちの人間性が見えてこそ、舞台がまとまるのだと思います」
ここで、クラス・レッスンを終えた近藤亜香とチェンウ・グオが記者会見に合流しました。ふたりからは、ギエムの指導に対する感謝の想いを聞くことができました。
>近藤
「ギエムさんには2023年の新制作の際に、初めて指導していただきました。舞台上でキトリとしてどう生きるか、キトリとバジルの関係性をどう伝えるかに重きを置いた指導でした。私がうまくいかないときも、ひとつの型にはめることなく『こういうのはどう? じゃあ、こういうのは?』と次々とアドバイスをしてくださるので、いろいろ試すことができます。ダンサーの自信につながるようなご指導だったので、今すごく自信を持って踊れている自分を感じています。今回は自分の成長を日本のお客さまにお見せしたいです」
近藤亜香
>グオ
「デヴィッドとシルヴィというふたりのレジェンドと一緒に、ここに並んでいるのが信じられない思いです。『シルヴィさま』は、僕がまだ11歳のとき、中国の国営放送で彼女が踊るのを観て以来、神さまみたいな存在です。
最初、彼女の指導は『これをしたらダメ、もっとこうすべき』というようなものを想像していました。でも実際はまるで逆でした。彼女の指導は、技術的にも精神的にも高めてくれるものだったんです。僕は当時、ダンサーとして、人として、この先どんなふうに進んでいくか、迷っていた時期だったのですが、神さまに認められたような喜びを感じました。指導を受けたことで、自分というアーティストがやっと完成されたように感じています」
あなたにとって指導とは、と質問され、ギエムは「ダンサーひとりひとりがハッピーになって、楽しんで踊ってくれることが大切」と答えます。
チェンウ・グオ
>ギエム
「私の役割は、そのダンサーがどういう人で、どこまで成長できるかを探り、引き出すこと。それによってダンサーたちが進化していくのを目撃できるのは、何物にも代えがたい喜びです。役作りというものの大変さは、私もよく知っています。でも、そのなかでも力を出し切り、楽しんでもらいたい。そのためには、ダンサーが心地よく踊れること、そして型にはまらないことが大切だと考えています」
ダンサーふたりを見つめながらそう語るギエムの温かいまなざしが印象的でした。
*****
公開リハーサルに登場したのは、2日目夜の主役キャストを務めるジル・オオガイとマーカス・モレリ。2023年にプリンシパル・アーティストになったばかりのフレッシュなキャストです。ホールバーグとギエムによるリハーサル指導が始まりました。
リハーサル指導をするホールバーグとギエム
とくに時間が割かれたのは、第2幕、結婚に反対する父親から逃げてきたふたりが愛を交わすシーンでの指導です。この場面でバジルはキトリに迫り、彼女はそれを交わしながらも彼の情熱を受け入れ、ダイナミックなリフトにつながります。
このシーンでホールバーグとギエムが熱心に指導したのは、バジルがいかに緊張感を持ってキトリを追いかけるか。どんなふうにアイコンタクトを取り、どれほどの迫力で彼女を追いかけるかを実際に動いて見せながら指導します。それを受けてオオガイとモレリの踊りは、次第に男女の駆け引きだけでなく、やっとふたりきりになれた恋人同士の情熱的なラブシーンへと変わっていきました。
さらに、1幕のキトリのヴァリエーションにあるオン・ポワントで交互に足を踏む振付に対し、ギエムがアドバイスする姿も印象的でした。
やり方を相談するオオガイに、今も美しいつま先で具体的にステップを見せながら、さまざまな方法を提案するギエムの姿は、先の記者会見で近藤亜香が「次々とアドバイスをしてくださるので、いろいろ試すことができた」と語っていたことと重なります。
ダンサーに対して「大丈夫よ、やってみて!」と励ましの言葉をかけるギエムの指導によって、わずか30分のリハーサル指導だけでも、踊りと演技がぐんぐん変わっていきました。開幕まで、さらにブラッシュアップを重ねていくことでしょう。本番をどうぞ楽しみにお待ちください。

左からデヴィッド・ホールバーグ、マーカス・モレリ、ジル・オオガイ、シルヴィ・ギエム
取材・文=富永明子(編集者・ライター)
photos: Shoko Matsuhashi