ヴェッセリーナ・カサロヴァ主演 オペラ『カルメン』

イントロダクション

それは目の覚めるような、新しい「カルメン」

世界の主要歌劇場で絶大な人気を誇るメゾ・ソプラノの新しい女王、ヴェッセリーナ・カサロヴァが、2008年6月チューリッヒにおいて初めて『カルメン』に挑み、大成功を収めました。モーツァルトやベルカント・オペラを中心に目覚しい活躍を遂げてきたカサロヴァにとって、『カルメン』は新たな領域への挑戦を意味しました。「この役を演じられるほど成熟し、確信が持てるまで長く待った」というカサロヴァ。そのきめ細かいビロードのような美声が、多彩な表現を駆使して歌いあげる“カルメン”は、はたしてこのヒロインに刻印された紋切り型の解釈や表現を超えて「新境地を開いた」と、数々の絶賛を浴びたのです。

カサロヴァにとって、2008年から2009年にかけては“カルメン・イヤー”と呼べます。チューリッヒ歌劇場では、この秋に再び同役で出演。そして来年2月には、ウィーン国立歌劇場での“カルメン”デビューが待っています。その勢いにのって開催されるのが、日本における、この演奏会形式の『カルメン』です。共演にはロベルト・サッカ、ヴェロニカ・カンジェミ、そしてウィーンでも共演が予定されているイルデブランド・ダルカンジェロと、いずれも世界の舞台で飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍の場を広げている旬のスターたちを揃えました。

カサロヴァが満を持してその真価を発揮する、目の覚めるように鮮やかで新しい『カルメン』に、どうぞご期待ください!

コメント一覧

カサロヴァのビロードのような声で微妙なニュアンスを表現する類いまれな能力は、まさに“誘惑”のためにある。(「ウィンナー・ツァイトゥング」)

響き渡る豊かな声量、燃えるように燦々と輝く高音、重厚で官能的な低音、そしてきわめて多彩な音色と、繊細で妙なる弱音。しかし、声だけではない。・・・カサロヴァのカルメンは男を食い物にする野性的なジプシー女ではなく、自分が何をしたいかを、その意志はどうすれば実現できるかをよく知っている。行動を抑制でき、すべての結果を認識した上で、妥協せずに進む女性である。(「ノイエ・チューリッヒャー・ツァイトゥング」)

カサロヴァはすでに存在している数えきれないほどの解釈を手本とすることなく、『カルメン』のあらゆる面で新境地を切り開いた。(「クルトゥアツァイト」)

カサロヴァのカルメンは、ワンパターンなすべての役柄を彼岸に追いやった。...これほど繊細に、かすかな心の変化を使い分け、暗く深遠でありながらきらめくばかりに清潔で賢く、それにもかかわらずエロティックに燃え盛る炎のように歌われたカルメンを、これまで聴いた者は誰もいない。(「アルト・ティーヴィ」)

チューリッヒ歌劇場「カルメン」より

満を持して全曲を演じる、カサロヴァのカルメン

メゾ・ソプラノの女王ヴェッセリーナ・カサロヴァのあたり役といえば、何を思い起こされるだろう。まず浮かぶのがソフィア歌劇場のオペラ・デビューから歌い続けてきた「セビリャの理髪師」のロジーナ。この役はチューリヒ歌劇場でも大成功を収めている。あのきめ細かな声と卓越した表現、そして演技力で観る者を魅了する「コシ・ファン・トゥッテ」のドラベッラ、「皇帝ティトゥスの慈悲」のセストといったモーツァルトのレパートリーも忘れられない。さらに、オッフェンバックのオペレッタにおける軽妙な味わいもこの歌手ならでは。昨年はチューリヒ歌劇場の日本公演で「ばらの騎士」のオクタヴィアンで凛々しい一面も見せてくれた。でも、カルメンとなるとイメージが若干異なるというのが正直なところではないだろうか。

彼女は自由奔放なジプシー女というイメージからはほど遠い。でも、ホセを魅了して離さない「宿命の女」にはさまざまなタイプがあってしかるべきだろう。カルメンという女性は自分の心にもっとも正直に行動するが故に不幸な結末へと突き進む。それを単に悪女の典型と決めつけるのは単純すぎるのではないか。カサロヴァは客席で「カルメン」を観たことがないという。それは先入観から解放されるという意味で極めて意義深い。2003年にラ・スコーラとのジョイント・リサイタルでカサロヴァは「カルメン」からの数曲を披露、彼女ならではのカルメンのデッサンを示してくれた。そこで感じられたのは旧来のカルメンとは全く異次元の繊細かつ知的なカルメンだった。その後もカサロヴァは自らの解釈に磨きをかけ、ようやく全体像を完成した。

2008年6月にチューリヒ歌劇場で初めて全曲を演じた。各紙の批評からも野性的なジプシー女のまさに対極にある、複雑な性格をもつ現代的なカルメンを演じたことが伝わってくる。また、忘れてならないのは「カルメン」はオペラ・コミックのスタイルで書かれた作品であること。ある種の軽妙さもカサロヴァの役作りの一部になったことだろう。

カサロヴァは秋にチューリヒ歌劇場で再び演じ、冬にウィーン国立歌劇場で歌ってさらなる磨きをかけたのち日本公演に臨む。音楽そのものに没入できる演奏会形式も彼女の解釈を知るには好都合。ロベルト・サッカのホセ、ヴェロニカ・カンジェミのミカエラ、イルデブランド・ダルカンジェロのエスカミーリョと共演する歌手も粒ぞろいだ。

岡本 稔(音楽評論家)


to English Site

NBSについて | プライバシー・ポリシー | お問い合わせ